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第百八十七話 逢魔が時


 沖田は見廻りの途中で番所に寄ってみた。

 大助の姿は無く、番所から出ようとしたら、戸の前に弥彦が立っていた。


 「沖田の旦那~、久しぶりやぁ~」

 いつものセリフである。


 「よぉ、大助はどうした?」

 「井上の旦那やったら、今日は朝から出かけてるで。大晦日で忙しんやろ」

 「そっか・・」


 大助はここしばらく屯所に来てない。

 どうしてるかと思ったが、間が悪いようだ。


 奉行所の役人の大助には、新選組が掴んでない情報が入って来ることがある。

 二人組の忍びと世良の行方を当たってるが、何もかからないので大助に聞いてみようと思ったのだ。


 (いったいどこに潜伏してんだ)

 考え込んでると、目の前にお椀が出された。


 「あったまりなはれぇ~、旦那」

 湯気の立った甘酒が入っている。

 番所の奥で振舞ってるのを、弥彦が掠めてきたらしい。


 受け取ると、ユックリ飲み込んだ。

 一気に身体が温まる。

 「うめ・・」


 弥彦は嬉しそうに笑うと、自分も飲み込む。

 「うっほほ~」

 ヘンな声を出している。


 甘酒を飲んでると、なんとなく薫を思い出す。

 漢方薬をブレンドした甘酒を毎日飲ませに来るが、飲み切るまでガン見で見張ってるので、正直ストレスを感じる時がある。

 まぁ・・好きなようにさせてるが。


 「"飲む天敵"って・・イミ分かんねぇし」

 沖田のつぶやきに、弥彦が首を傾げる。

 「なんでんねん・・それ?」

 「なんでもねぇ」


 遠くから除夜の鐘が聞こえてきた。





 シンは鴨川を超えて、山裾の民家の方まで足を延ばした。

 例の・・赤鬼が出るとウワサの長屋である。


 監察方に配置されてから単独行動が増えて、以前より比較的自由に動けるようになった。

 だが、どうして足が向いたのか分からない。


 以前、大助に連れてきてもらった時は、奇妙な感覚に襲われ気分が悪くなった。

 あれから一度もここには来ていない。


 長屋の一番奥にある戸の方を見ていると、部屋の中から小さな灯りが漏れている。

 どうやら人がいるようだ。


 (新しい住人かな?)

 シンが近づくと、突如、目の前で戸が開く。

 驚いて身構えると、中から人が出て来た。


 立っているのは・・大助だ。


 「井上さん?」

 シンのつぶやきを聞いて、大助が驚いた顔を向ける。

 「なんだ・・鬼っ子、おめぇか。ナニやってんだ?こんなとこで」


 「鬼っ子って呼ぶのやめてもらえませんか?」

 シンが不機嫌な声を出すと、大助が軽く笑った。

 「自分で言ったんだろーがよ。赤鬼の仲間だって」


 「・・~~~」

 確かに・・赤鬼と呼ばれていた赤城教授に育てられたのだから、鬼っ子呼ばわりされても仕方ないかもしれない。


 「誰も住んでないんですか?ここ」

 「そりゃ、鬼が出るって噂の部屋なんぞ借りる酔狂もいねぇだろ」

 「・・・」


 「ここでナニやってる?」

 大助がさっきの質問を繰り返した。


 「見廻りです」

 素っ気なく答えると、大助が腕を組む。

 「へぇー、いっぱしの隊士みてぇじゃねぇか」


 「オレは・・隊士じゃありません」

 シンは浅黄色の隊服を着たことは一度も無い。

 (※もともと隊服は全員分は無いので、主に幹部が着用している)

 いつも黒い着物と黒い羽織だ。


 「だったら、なんで見廻りしてんだよ」

 大助はからかってる口調だ。


 「・・アルバイトです」

 投げやりに答えると、大助が眉を潜める。

 「あるばい・・ナニ?」


 「あ~・・一宿一飯の恩義です」

 メンド臭げに頭を掻くと、遠くから除夜の鐘の音が聞こえて来た。


 「・・丑寅の刻だな」

 大助が空を見上げる。


 「え?」

 「鬼門だよ、逢魔が時・・鬼が歩き回る刻が来たってことさ」

 言いながら、大助が山の方を振り仰ぐ。


 「行ってみるか?」

 「え?」

 「鐘が鳴り止めば、鳥居から鬼が現れるかもしんねぇぞ」


 除夜の鐘は・・鳴り始めたばかりだ。





 山の麓には雪が積もっている。

 底冷えする寒さだ。


 鳥居に来るのは久しぶりだった。


 『どんなに待ってももう、赤鬼は現れない』

 そう思い始めてからは、全く寄り付かなくなっていた。


 冷え切った夜闇に、提灯の小さな灯りだけが暖かさを感じさせる。

 冬の凍った空気にそびえ立つ鳥居は、どこか威圧感を与えていた。


 「・・・」

 凍った空気に、白い息を吐く。


 「ふん・・なんも出ねぇな」

 大助が寒そうに背中を丸めて、鳥居を見上げた。

 そのまま歩いて進むと、鳥居の門をくぐる。


 「ここは、どっか他の・・あの世にでも繋がってんのか?鬼っ子」

 大助が向き直る。


 「かもしれませんね」

 シンは素直に答えたつもりだが、また『かもしれない』攻撃が始まったかと大助はゲンナリした。


 「それとも・・もっと違う"どっか"か?」

 鳥居の門の下に立つ。

 「この世でも、あの世でもねぇ・・違う世か?」


 シンは少し考え込んだ後で、、ポツリとつぶやいた。

 「もっとずっと・・先の世かも」


 自分は何故こんな危なげなことを口走っているのだろう?

 大晦日のせいかもしれない・・。


 「へぇー」

 大助は茶化すような口調だ。

 「だったら、あの鬼は先の世から来たお客さんかい?」


 シンは曖昧に横を向く。


 すると・・大助がクックッと笑い出した。

 「あ~・・阿呆くせぇ」


 (ま・・予想通りのリアクションだな)

 ホッとした。

 今夜は余計なことばかり口に出してしまうようだ。


 「先の世でこの国がどうなってるのか、見たいと思いますか?」

 ずっと・・誰かに訊いてみたいと思っていた。


 「思わねぇ」

 大助がアッサリ答える。

 「見たって変わらねぇ・・オレは」

 言いながら、空を仰いだ。


 遠くから鐘の音が聞こえる。




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