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第百八十四話 真剣


 「あ?」

 沖田が珍しく驚いた声を上げた。


 道場に、薫と環と沖田の3人が正座している。


 「いまなんつった?」

 もう一度訊き返すと、向かいに座ってる2人が一緒に答える。

 「真剣の稽古を受けたいと思います」


 「・・っ」

 正直、沖田はビックリしていた。

 2人は絶対に真剣を持つことをしないだろうと思っていたのだ。


 沖田自身も、薫と環に真剣のチャンバラが出来るなど思っていない。

 ただ・・無礼討ちに遭わないように、外に出る時に刀を持たせたいと思っただけだ。


 そのために、基本的な刀の扱いを教えておこうと『真剣の稽古を始める』と言ったのだが・・。


 「・・イミ分かってんのか?」

 「はい」

 2人同時に頷く。


 「・・どうしたってんだ?いったい」

 沖田の問いに、一呼吸置いてから薫が答える。

 「イザという時、隊士の皆さんを守りたいと思って」


 「はぁぁ?」

 珍しく大声を上げてしまった。


 「強くなれば、沖田さんが危ない時も助けられるでしょ」

 薫はニコニコ笑っている。


 「そーゆーことです」

 環も笑顔を浮かべている。


 「・・っ~~」

 開いた口が塞がらない。

 新選組の沖田総司が危ない時に、どこの小娘にいったい何が出来るというのか。


 「守りたい」・・おそらく一生聞く筈の無かった言葉を耳にして、人生初の動揺を感じていた。


 「よろしくお願いします!師匠」

 いたって明るい声である。


 2人が頭を下げるのを見て、沖田は考えあぐねていた。

 (マジなのか、からかわれてんのか・・ひょっとして、新手の冗談か?)





 薫と環がどうやら本気らしいと分かって、沖田は日本刀を2振り持ってきた。

 沖田のお下がりである。


 「取りあえずコレ使え。しばらく研いでねぇから、後で鍛冶屋に出さなきゃなんねぇが」


 沖田に言われて、薫と環が日本刀を手に取る。

 鍔や鞘がかなり古くて、年季の入った代物だ。


 「抜いてみろ」


 言われて、恐る恐る鞘から引き抜くと・・美しい刀身が現れる。


 「キレイ・・」

 環が思わず感嘆の声を出す。


 だが、すぐに口籠った。

 沖田のお下がりということは・・この刀はおそらく人の血を吸ったことがある殺人剣の筈だ。

 鍔や鞘にところどころ付いている黒いシミは、血の痕ではないのか?


 緊張した面持ちで眺めていると、沖田が声をかける。

 「見てねーで、構えてみな」


 薫と環が剣を構える。


 「向かい合ってみろ」

 沖田の指示で、薫と環が向かい合って剣を構える。


 (・・・)

 2人とも、同じ感覚を覚えた。

 (・・怖い)


 相手の刀が波打つように光るのが見えると、背中の皮膚が粟立つ感覚に襲われる。

 人を殺す武器と真っ向から対峙した時の、本物の恐怖感だ。


 『真剣に』とか『真剣勝負』とか・・真剣という言葉を使った日本語はすべて『全精力を傾ける』という意味合いだが、そのことが良く分かる。


 (真剣って、こーゆーことなんだ)

 2人は同じようなことを考えていた。


 「まぁ・・今日のとこは素振りからだ」

 沖田の声で、2人がホッとしたように構えを解いた。


 「素振り200回」

 そう言い捨てて、沖田は道場から出て行った。

 薫と環は顔を見合わせると、ゆっくり素振りを始めた。


 逃げるより戦うことを選んだ時、人は武器を手にする。


 2人が本当の意味で稽古に励み始めたのは、この時からだった。





 数日後、庭で洗濯してるシンを見つけて、薫が走り寄る。

 監察方に配置されてから、シンは屯所にいる時間が少なくなった。


 あれきり一度も話せないままだったので、気になっていた。


 「シン!」

 声をかけると、シンが立ち上がる。

 「薫・・」


 「あのね、シン。こないだの話なんだけど」

 言いかけたところを、シンが遮る。

 「環から聞いた。ここに残るって」


 「え?」

 薫が目を見開く。


 シンは息をつくと、横を向いた。

 「ったく・・しゃーねーよな」


 「シン」

 「だったら・・オレもここに残るしかないじゃん」

 「・・シン」

 「ん?」

 「1人で出ようと思わないの?危険な場所から」


 薫の質問に、困ったような顔をする。

 「そうすりゃいんだろうけど・・そう思わないんだよな、不思議と」

 「・・・」


 江戸時代に落ちた時から、少しも変わらない。

 そばにいてずっと守っていかなくてはいけない。

 そう思っている。


 「シン」

 「ん?」

 「もしシンが危ない目に逢うような時は、あたしと環が守るから」

 「は?」

 「沖田さんに真剣の稽古してもらってるの。だから」


 どうやら薫がホンキで言ってるのだと悟って、シンはポカンとする。

 「はぁ・・」


 「じゃあね~」

 薫は炊事場の方に走って行った。


 残されたシンは、腕組みして考え込む。

 「あいつ・・タチ悪ぃな」


 (自分が大ボラ吹きだって自覚無いんじゃねーのか?)

 半ば呆れたように溜息をついた。





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