第百八十三話 試食
1
夕食後、薫が水飴をかけたヨーグルトを小鉢に入れて並べた。
「はい、どうぞ」
全員、小鉢の中を見ている。
「・・食えんのか?コレ」
原田がつぶやく。
「もちろんです。元ネタは牛乳なんですから」
自信満々だ。
「身体に良いですよー」
後で聞いたら・・七郎は牛乳に麹を少量混ぜてみたらしい。
どうやらそれで発酵したと思われる。
なので・・このヨーグルトはいったい何菌なのか分からない。
(やっぱ、乳酸菌じゃなくてコウジカビなのかなー・・でもそれじゃ麹食べるのと変わんないじゃん)
薫は腕組みをして考える。
すると・・すでに覚悟を決めてる沖田がシャモジですくって、口に含んだ。
「・・あ、うまい」
「お、総司。マジか?うめーのか?これ」
永倉が食いつく。
自分もシャモジですくって口に運んだ。
「うめーっ!けど・・酸っぱ」
ほかのみんなも、食べ始めた。
「うまいじゃん、オレ好き。見た目ちょいキモイけどな」
藤堂はお気に召したらしい。
斎藤は無言で食べてるが、口に合わないと食べないオトコなので、どうやら美味しいらしい。
薫はさりげに土方を見る。
まだ食べてない。
実は・・部屋に入って夕飯の準備をしている最中も、土方の近くに来ると薫は固まってしまっていた。
抱き上げられ、運ばれてる最中に目を覚ました時・・一瞬心臓が止まるかと思った。
思わず寝たフリをこいてしまったが、支えられてる身体が不安定に揺れてるのが、どうにもくすぐったくて仕方無かった。
薫が盗み見てると、視線を感じたのか土方とバッチリ目が合う。
(うわっ、どーしよー)
「あの・・」
声が裏返る。
「土方さんも食べてみてください」
「どーした?薫、ゆでだこみてーに真っ赤だぞ」
藤堂が不思議そうな顔で見ている。
「そ、そうですか?」
2オクターヴくらい声が高い。
隣りで環が心配そうに見ている。
すると・・土方が小鉢を手に持った。
2
(食べてる食べてるー!)
テンションMAX。
ダメだと思っても、どうしても土方をガン見してしまう。
「・・やたら酸っぱいとこと、甘いとこあんな」
土方が訝しい顔をする。
「混ぜるんです、適度に」
薫が思わず身を乗り出す。
「完全に混ぜ切るんじゃなくて、軽ーくマーブル状に」
「なんだ、そりゃ?」
眉を潜めている。
余計に混乱させてしまったらしい。
「だ、だから・・」
思わず手を伸ばして、土方の手から小鉢を奪う。
「こうして・・・」
クルクルとシャモジでかき混ぜてから、土方の膳の上に小鉢を戻した。
「はい、どうぞ。食べてみて下さい」
言われるまま、土方が小鉢を手に取る。
「うまい」
(やったぁ!)
薫が無意識に万歳すると、部屋中の視線が集まった。
「エヘヘ・・」
テレ隠しで笑ってみせる。
「今日はやけに土方さんの世話焼くなぁ、薫」
原田が色っぽい視線で薫を見た。
「は?」
「男の世話焼くんなら、んな色気のねぇ恰好じゃイミねーぞ」
「へ?」
薫はいつもの稽古着姿である。
「左之、くだらねぇ茶々入れんな」
土方は淡々としている。
「へへっ」
原田は身体を揺らす。
沖田はワレ関セズの白けた表情だ。
「沖田さん、おかわりどうですか?」
薫がノゾキ込む。
沖田の小鉢はもうカラになっていた。
そのまま無言で薫に手渡す。
『おかわりくれ』のイミである。
「いま持ってきます」
薫が元気に立ち上がって部屋を後にすると、後ろ姿を見ていた藤堂がつぶやく。
「やけにゴキゲンいーじゃねーの。なんか良いコトあったんか?」
「さぁ・・」
環が笑いながら首を傾げる。
3
初雪が降り、本格的に冬がやって来た。
薫と環は伊東の部屋に来ている。
『美味しいお菓子があるよ』と、いつもの釣られ文句に誘われた。
「おいしー!!」
歓声が上げる。
今日のお菓子は、宇治抹茶の羊羹だ。
江戸時代は羊羹全盛期で、様々な羊羹が考案されている。
「うまかろ~」
薫が言うと、伊東が嬉しそうな顔をする。
「そんなに喜んでもらえると、食べさせた甲斐があるね」
2人が食べてる姿をニコニコ笑って見ている。
(なんか田舎のおジィちゃんみたい)
環は思った。
実は・・薫も環も、伊東のことがけっこう好きである。
別にお菓子を食べさせてくれるからだけではない。
伊東は、どうにも憎めない人の好さがあるのだ。
容姿端麗で腕っぷしも強くて、頭も良いし背も高い。
それを鼻にかけるワケでもない、フツーの良い人だ。
ただ・・他の幹部からウザがられるのは、話がクドイのと余計なお節介を焼き過ぎるのと・・空気が読めないせいだろう。(あと・・異常潔癖症と)
しかし『空気が読めなくて、寒い冗談を飛ばす』オヤジなど、平成時代にも腐るほどいる。
薫も環も、そんなこと気にならない。
伊東が羊羹を食べながら、ふとつぶやく。
「・・どうも、僕は土方副長に嫌われてるような気がするんだ」
「は?」
「君たちどう思う?」
(えっ?)
危うく羊羹を落とすところだった。
(この人・・気付いてなかったの?あんなに丸出しなのに)
「え~と・・」
「やっぱり、最初から無理だったのかもしれないな・・同じ池に棲むのは」
伊東は独り言のようにつぶやく。
「伊東さん?」
環が声をかけると、ハッとしたように顔を上げた。
「あ、いや・・すまない」
羊羹に爪楊枝を差しながら、伊東が語り出す。
「僕はね、長州征討は無意味だと思ってる。どちらも歩み寄りが必要なんだ。武力衝突などでなく話し合いでね」
「はぁ・・」
政治的な話をされると、薫と環はついていけなくなる。
モグモグと羊羹を飲み込みながら、伊東の言葉を待った。
「そろそろ潮時か・・」
「・・?」
伊東が何を言おうとしてるのかサッパリ分からない。
分かるのは・・「話し合うより殴り合った方が手っ取り早い」というキャラが主要メンバーを占めている新選組の中にあって、伊東の存在はかなり異質だということだ。




