第百二十八話 諜報
1
ところが・・
その後も新選組の隊士が夜道で襲撃された。
2人歩きの時に、襲われたのが3回。
(※新選組は一人の外歩きは原則禁止されている)
一ヶ月で6人が殺された。(谷をいれると計7人)
太刀筋は谷と同じで、目撃者はなく即死と思われた。
おかげで・・
斎藤が谷を暗殺したという噂は消えて、本格的な犯人捜しに隊全体がやっきになっていた。
「やはり長州か?」
土方が訊くと、廊下に控えている山崎が頭を上げた。
「わかりません。その可能性は高いと思われますが・・」
長州の新選組にたいする恨みは、ほかの西国諸藩より群を抜いている。
「とにかくアミを張れ」
土方が一言言うと、山崎が頭を下げる。
「はっ」
すると・・
いつもはすぐ姿を消す山崎が、何か言いたい顔をしている。
「なんだ?どうした」
土方の問いに、山崎がまた頭を上げる。
「副長。探索にあたり・・使いたい人間がいます」
「誰だ?」
「・・環ちゃんと、薫ちゃんの2人を」
山崎の一言で、土方が目を開く。
「はぁ?」
「正直・・情報収集には女手が無いとキビシイ時があります」
山崎の言葉はもっともだった。
「・・あんな素人娘にナニやらせようってんだ?」
土方が一応訊いてみる。
「攘夷派が贔屓にしてるお茶屋や甘味屋に入り込み、出入りする人数や風体、訛り・・話しの内容を拾ってもらいたい」
山崎が淡々と説明する。
「さほどの危険はないかと」
「しかし、あいつらになぁ・・」
土方が腕組みをして考え込む。
「2人とも機転が利くので、向いてると思います」
山崎が最後の一押しを言った。
2
「・・わたしたちが探索の任務?」
環は動揺を隠せない声で訊いた。
部屋には、土方・山崎・沖田がいる。
「山崎の指示に従って、祇園界隈を出入りする討幕派の情報を集めてほしい」
土方の言葉を聞いて、薫と環は本気でポカンとしていた。
(ホンキで言ってんの?このオッサンら)
いきなり諜報活動をしろと言われて、「はい、そーですか」とはとても言えない。
「・・ムリだと思いますけど」
環の言葉に、山崎がカブせた。
「キミならデキル」
薫と環が、横目で山崎を見る。
「オレもムリだと思いますぜ、土方さん」
沖田が口をはさむ。
「総司、おめぇは甘すぎんだ。いいか、隊士が7人殺られてんだぞ。使えるモンはこの際なんでも使う」
土方は2人の方を見ながら言った。
「このままだと、また隊士が斬られる」
「・・・」
薫と環は黙り込んでしまった。
そういう言い方をされると、なんだか断りにくくなる。
「祇園でいったいナニすればいんですか?」
いちおう薫は訊いてみた。
「討幕派の連中がよく使ってるお茶屋がある。そこに入り込んでもらいたい。それと、連中がよく通ってる団子屋と」
山崎が説明する。
「お茶屋は膳を運ぶだけのものだ。団子屋は・・まぁ売り子だな」
「お茶屋と団子屋・・」
薫と環がつぶやく。
「連中の話を盗み聴くだけでいい。訛りや人の名前、会話の中に出て来る言葉を拾ってくれれば」
山崎がさもカンタンな風に話す。
「茶屋にはオレも客として潜り込んでるが・・座敷の中の話まで聴くことができない」
薫と環は考え込んでしまった。
3
結局・・なんとなく押し切られた形で、薫と環は祇園に潜入することになった。
「薫ちゃんは団子屋に。環ちゃんはお茶屋に」
山崎が淡々と指示をするが、どうにも不安だ。
おまけに・・
女物の着物を着なくてはいけないのだ。
もちろん髪は(最低限でも)結い上げなくてはいけない。
山崎がどこから調達したのか、2人分の着物と付け毛を準備した。
恐ろしいことに、着付けもヘアメイクも山崎がするらしい。
「2人とも胴回りが細いから、アチコチ詰めなきゃならねぇ」
口に紐をくわえて、テキパキと作業をこなす。
まずは髪型を作った。
薫はナチュラルなポニーテールで、環は肩にかかるくらいのボブカットだ。
江戸時代に来てからも伸ばさず、マメに切っている。
結い上げるにはとうてい長さが足りない。
山崎は器用にピンを駆使しながら、付け毛をつけてソレ風に仕上げる。
大変だったのは、後ろ髪よりむしろ前髪だった。
江戸時代の女性は、童女以外は前髪は切らずに伸ばしている。
長さの足りない前髪を撫でつけ、櫛で留めてから瓶付油で上に流す。
髪型がなんとか出来上がったので、次は着物だ。
「うぇっ」「ぐぇっ」「おぇっ」という擬音を発する2人を、山崎は顔色も変えずに襦袢から着付けていく。
「できた!」
半時(1時間)以上かかって、やっと2人の女姿が出来上がった。
「く、苦しい・・」
帯に手を当てて、うめき声を上げている。
(やっぱり、引き受けるんじゃなかった・・)
後悔したが、時すでに遅し。
こうして、薫と環の諜報活動は開始された。