表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
57/127

第百七十九話 ヨーグルト


 「やった・・!」

 薫は思わず声を上げた。


 何度となく失敗を繰り返し、温度や置き時間を変えて挑戦した結果、ヨーグルトらしき物体が甕の中に出来ている。


 シャモジですくって口に入れると、懐かしい酸味が口いっぱいに広がる。

 「美味しい~!」


 「なんや・・酸っぱいんとちゃう?ホンマに食えるんか?コレ」

 七郎(ななお)は一口食べると、複雑な表情をした。


 「ヨーグルトって酸っぱいモンなの。これに水飴や蜂蜜を混ぜて食べると、超美味なんだから」

 薫ははしゃいでいる。


 「水飴なー・・なんやそう言われるとウマそうやな」

 七郎が味を想像する。


 「この、種になるヨーグルトがあれば、後は牛乳足してくだけだからラクチン」

 「へぇー?」


 薫はふと真顔になって、七郎の方に向き直る。

 「ヨーグルトのこと・・他の人に内緒だよ?」

 「ああ、分かっとるて」


 薫はホッと息をつく。

 シンからきつく釘を刺されているのだ。

 『平成の料理を作って食べさせるのは、屯所の中だけにしろ』と。


 料理にも歴史がある。

 江戸時代では普及してないマヨネーズや唐揚げが屯所の外に漏れるのはマズイということだった。


 パラドックスが起きては大変だということもあるが・・何よりも、発明者や普及に尽力した人々の努力と功績を無にする行為は、"やってはいけないこと"なのだ。


 今日、食べる分だけをお椀に移して、残りのヨーグルトに牛乳を足して置く。

 そうして温度キープすれば、またそこにヨーグルトが出来ているという嬉しい無限ループだ。


 「薫は変わっとるわ。わいらの知っとることは知らんと、知らんことは知っとるんやから」

 七郎は笑いながら首を傾げている。


 「・・・」

 薫は黙ったまま何も答えなかった。





 実はこの日の朝、些細な事件が起こっていた。

 薫と環の2人にとってだけだが。


 「真剣の稽古を始める」

 沖田がいきなり言い出した。


 道場で正座している薫と環の前には、2振りの日本刀が置かれている。


 「む・・無理です、出来ません。真剣なんて」

 薫が慌てて顔を上げる。

 環は黙ったままだ。


 「刀で斬りかかって来る相手から身を守るには、刀で斬り返すか、鉄砲で撃つしかねぇんだ」

 要するに・・刀を持つしか道が無いと言いたいらしい。


 「でもっ・・」

 薫は小さく頭(かぶり)を振る。


 刀を持つということは、人を傷つける道を選ぶことになる。

 そんなこと出来ない。


 「何のために今まで剣を習ってたんだ?おめぇら」

 沖田のしごく当然な問いに、2人とも言葉が出てこない。


 「サンナンさんから・・おめぇら2人が襲われた時、身を守れるよう護身術を教えてやってくれと言われて教えたんだ」

 沖田は低い声で続ける。

 「遊びや酔狂でやってんじゃねーんだよ、こっちは」


 「それは・・でもっ」

 なおも薫が言い募ろうとすると、入口から声が聞こえる。

 「総司ちゃん・・そんな急にはムリよ」


 目を向けると、ゴローが立っている。

 話を聞いていたらしい。


 中に入って来る。

 「アタシも体術教えてるしさ。けっこう腕は上がってるわよ、2人とも」


 「ゴローさん」

 沖田が息をつくと、ゴローが近寄って来た。

 「真っ向から応戦しなくても、上手くかわして遁走するって手もあるわよ」

 茶目っ気タップリに人差し指を立てる。

 「この娘たち隊士じゃないんだから、局中法度もカンケー無いでしょ?だったら、逃げるが勝ちよ」


 「それじゃあ・・剣を教えてるイミがねぇ」

 沖田が不機嫌につぶやくと、ゴローがしゃがみ込んだ。

 「あるわよー。太刀筋が読めれば、相手の動きが分かるじゃない」


 沖田が深く息をつく。

 あぐらを解いて立ち上がると、入口の方に歩いて行った。


 残った3人が顔を見合わせる。


 「総司ちゃん、心配なのよ。こないだアンタ達、無礼討ちされそうになったんでしょ?だから」


 薫と環は俯いたまま何も答えなかった。





 麹屋からヨーグルトを持って屯所に帰り着くと、門の近くにシンが立っていた。


 「よぉ、おかえり」

 フラリと近寄って来る。


 「ただいまー。あのね、ヨーグルトが」

 薫が走り寄ると、シンがその場に立ち塞がったので、慌てて立ち止まる。

 「なに?」


 「あのさ・・環にも言ったんだけど」

 背の高いシンが薫を見下ろす。

 「屯所から出ないか?3人で」


 「え?」

 薫はビックリして、あやうくヨーグルトの入った甕を落としそうになった。


 「今すぐじゃなくてもいいから」

 シンは真面目そのものである。


 「な、なんで突然そんな・・」

 「突然じゃないよ。前から考えてた」

 「で、でも・・」

 「ずっと、ここにいるワケにはいかない。・・だろ?」

 「・・・」

  

 確かに・・シンの言う通り、ずっとここにいるワケにはいかない。

 というよりも、新選組そのものが、そう遠くない未来に危うくなる。


 「無礼討ちされそうになったんだろ?」

 「それは・・新選組とはカンケー無いし」

 頑固に言い張る薫に、シンがなおも言葉を続ける。

 「ここにいれば・・この先もっと危険な目に逢う」


 これから先始まる戊辰戦争の嵐に、新選組は丸ごと身を投じることになるのだから。


 「命の保障もない場所に、薫や環を置いておくことは出来ない」

 シンが薫の肩を掴んだ。


 「・・命の保障のある場所なんて、あるのかな?」

 薫が見上げると、シンは眉根を寄せる。

 「・・オレが言ってんのは、危険の度合いのことだよ」


 分かっている、シンが言いたいことは。

 だが・・・。


 「おそらく・・どんなに待ってももう、赤鬼は現れない」

 シンは横を向いた。


 「オレたちは、元の時代に戻れない・・多分、一生」

 遠くを見るような目で、シンは喋り続ける。

 「だから、この時代で生きる術を身につけなきゃいけない。ただ流されるんじゃなく、自分たちの力で」


 「シン・・」

 薫が思わず声を出すと、シンが肩を掴んでいた手を下ろした。

 「今すぐでなくてもいいからさ。考えといて」


 そう言って、クルリと背を向ける。


 残された薫は、ヨーグルトの入った甕を抱きしめると、小さくつぶやいた。

 「せっかく、味見してもらおうと思ったのに・・」




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ