第百七十六話 お下賜
1
大石隊が到着した時には、すでにあらかた片付いてしまっていた。
捕縛出来たのは1人だけで、2人討ち取り、残りの5人は闇に乗じて逃げられた。
浅野が大石に報せたのが異常に遅かったため、包囲網を作ることが出来ずに終わった。
制札は無事だったが、捕り物としての成果は低い。
原田は会津藩から労いの言葉を貰ったが、気分はパッとしなかった。
大石隊の10人は、浅野の失態を激怒し「臆病者」と罵っている。
土方も怒り心頭で、除隊処分の話まで出ていた。
捕縛した1名を土方が締め上げると、札を引き抜いたのは土佐藩士だった。
土佐藩の中でも、尊王攘夷派の郷士が行ったらしい。
リーダー格である安藤謙次は、仲間を逃がすため一人で盾になり刀傷を受け、深手を負った身体で河原町の土佐藩邸に帰り、そのまま藩邸内で自刃した。
「大したヤツだな、安藤ってヤローは」
伝え聞いた土方も、感心してしまった。
「しかし・・長州を朝敵とする札を、土佐のモンが身体張って引き抜くとはな」
「土佐藩から、この件で話し合いをしたいとの申し出が入ってます」
伊東が書簡を開く。
「近藤局長と土方副長、それと・・僭越ながら、私の名も入ってますね」
土佐藩としては、早々に今回の一件を解決させたいに違いない。
「うむ、まぁ。断る理由は無いだろう」
近藤が頷くと、土方がつぶやく。
「話し合い・・ね」
「では、早速・・日程を調整します」
伊東が立ち上がると、部屋には近藤と土方の2人になった。
「近藤さん」
「ん?なんだ?トシ」
「近頃・・伊東さんはやけに攘夷派と遣り取りしてるらしいが」
「前からじゃねぇか」
土方はしばらく黙った後で、また口を開いた。
「放っといていいのか?」
「もうしばらく様子を見るさ」
近藤の言葉を聞いて、土方が息をつく。
(ノンキなもんだ)
2
捕り物は半端な結果だったが、「札を護る」という目的は果たされ、幕府の面目は一応保たれた。
「恩賞金が下りるそうだ。出動隊士それぞれの働きに応じて、割り振りを決めてくれ」
近藤が、隊の指揮を執っていた原田と新井を部屋に呼んだ。
(※大石隊は不参加となり、手柄を立てることが出来なかった)
原田と新井が顔を見合わせる。
あぐらをかいて腕組みをして、天井の方に目線を送った。
「覚えてねぇなぁ・・」
新井がポツリと言うと、原田も首を傾げる。
「オレも・・覚えてねーや」
「あ?」
土方が眉をひそめる。
「オレぁ・・メタメタに酔ってたしなぁ。なんも覚えてねぇ」
新井が答えると、原田も続けた。
「オレも・・けっこう呑んでたからな」
近藤と土方はガックリとうなだれる。
重要な任務を帯びた隊の長が、任務の最中に酒かっくらってたことを、隠しもせず平気で話すズ太さに呆れる。
「全員で分ければいんじゃねーの」
新井がメンド臭そうにつぶやくと、原田も頷いた。
「だな」
言いながら、揃って立ち上がる。
「ま、テキトーに分けといてくれや」
そう言って、2人一緒に部屋を後にした。
近藤と土方は息をつく。
「トシ・・せめて隊務中は、酒呑まねぇように出来ねぇもんか?」
「無理だろ。酒と女を取り上げたらタマが縮んじまう」
土方の言葉で、近藤が諦めたように息をついた。
酒と女・・この2つは、死と隣り合わせの戦場で生きる荒くれた男達にとって、無くてはならないオアシスなのだ。
土方がさらに続ける。
「さて、土佐藩からおよばれだ。祇園の茶屋で話し合いとはな・・次は接待攻撃か」
「土佐藩はあくまで恭順の姿勢を取るということだろう」
「さて、どーだかね・・」
3
大坂城に入っていた松本良順が、この度、江戸に戻ることになった。
帰る前に、足を延ばして京に寄って行った。
久しぶりに新選組の屯所の中を見て回り、気付いた点を色々指摘した。
薫が毎日、甘酒を作って隊士に飲ませてることを知ると「そりゃあいい」と大喜びである。
やつれて面変わりした良順は、将軍の最期について多くは語らず、笑顔で江戸へ旅立った。
「あーあ・・良順先生にヨーグルト食べさせたかったな」
未だ成功しないヨーグルト作りをボヤきながら、薫は蒸しプリンを作っている。
今朝、採れたての新鮮な卵を使って手作りだ。
プリンは沖田や土方を始め、幹部の大好物なのだ。
・・後ろから視線を感じて振り返ると、板の間に沖田が立っていた。
「沖田さん?」
薫が手を拭きながら見上げると、沖田がしゃがみこむ。
「目ぇ、つむれ」
沖田の会話は前置きがない。
ワケも分からないまま目をつむると、唇に冷たい感触が当たった。
沖田が何か食べさせようとしているのだと分かって、そのまま口に含むと・・甘い味が広がる。
思わず目を開けると・・沖田の左手には小さな袋が載っており、右手は赤い粒を持っている。
「金平糖?」
薫がつぶやくと、沖田が目を開く。
「・・知ってんのか?」
薫が頷くと、沖田がガクンと頭を下げる。
「つまんねーヤツ・・」
チッと舌打ちをして横を向く。
「でも、食べるの初めてです。おいしい」
金平糖を口の中で転がしながら薫がつぶやくと、沖田がチラリと見てから袋を突き出した。
「良順先生にもらったんだ。将軍への見舞いの品らしいぜ」
「え?」
薫がアセると、沖田がユックリ立ち上がる。
「安心しろよ。将軍が良順先生にくれたらしいから」
袋を開くと、色とりどりの金平糖が沢山入っている。
「環にもやれよ」
沖田が踵を返すと、薫は思わず呼び止めてしまった。
「沖田さん、もしかして・・親戚に不幸とかありました?」
「は?」
沖田が訝しそうに振り返る。
「・・なんでだよ?」
「いや・・なんか優しいから」
薫が首を傾げる。
「・・オレが優しいと、身内が死んでるって言いてぇのか?」
沖田は忌々しそうにつぶやくと、そのまま歩いていってしまった。
薫は後悔した。
(あたしのリアクション、ザンネンだったのかな?知らないふりして、驚いてあげれば良かった)




