第百七十四話 春画
1
「やだっ」
環の声だった。
瞬間的にエロ画を凝視したが、速攻、手で目を覆って声を上げた。
薫が驚いて振り返る。
「いやらしいっ」
難しいお年頃の女子の反応である。
確かに・・斎藤が開いていた頁は、モロに男女の合体シーンが描かれたアダルト画像だった。
意外にも、薫の方はさほどのリアクションはない。
冷静な環が珍しく声を上げたのに驚いてる。
「やべ・・」
斎藤がつぶやく。
「環、おめー・・なんつー声出すんだよ」
人差し指を耳に入れて、原田がつぶやく。
「だって・・」
環は顔を上げて、壁際のエロ本の山に目をやった。
「これ・・もしかして全部?」
「あ、えーと・・」
永倉は歯切れが悪い。
環が薫の脇を通り抜けて部屋に入って来る。
エロ本の前に立ち、確信的につぶやいた。
「これ全部、釜戸で燃やしましょう」
「へ?」
永倉と原田が訊きかえす。
「悪の華は火にくべて消し去るべきです」
宗教がかったセリフを吐いて、おもむろに手を伸ばす。
ホンキで焚書する気だ。
「うわーっ、ヤメロって!環」
永倉が慌てて立ち上がる。
「オレの愛蔵版・・」
永倉がエロ本をかばうように壁際に立つと、廊下から声が聞こえた。
「よ、早く来ねーとメシ冷めるぞー」
藤堂だった。
部屋に入ってくると、すぐに斎藤が持ってる春画に目をやる。
「お、いいもん見てんなー。なんだよ、夕飯前から酒飲んで盛り上がってんのかよ」
斎藤の手から春画を取り上げると、ペラペラと頁をめくり始めた。
「ほら。オメェらも、そろそろオトナの勉強した方がいいぞ」
藤堂が頁を全開にして2人に見せると、場が凍り付く。
「ん?なんかヘンな空気流れてねぇか?」
2
原田が息をついて立ち上がる。
「環」
言いながら、環の顔をノゾキ込んだ。
「おイタはそれぐらいにしよーぜ」
環は黙って睨み返す。
実は・・原田は環の反応を楽しんでる。
「医者のベンキョーしてんなら知ってんだろ?」
原田がニヤニヤ笑うと、環が眉をひそめる。
「・・何をですか?」
「オメェらの身体の真ん中が、なんで引っ込んでるかってことだよ」
「は?」
原田は極意を披露するような顔をした。
「オレたちの身体の真ん中が出っ張ってるからだろーが」
「・・っ!」
「それで合体・・」
最後まで言い切る前に言葉が止まった。
環が原田の顔面にパンチを入れたからだ。
部屋の全員、呆気に取られて見ている。
小娘が、新選組幹部の顔を殴ったのだ。
しかもグーで・・。
「ちょ・・環」
薫の言葉が途切れる。
「・・ってーな・・」
原田が環の手首を掴むと、もう片方の手で鼻を押さえた。
環も自分で呆然としている。
「あ・・ご、ごめんなさい」
「・・ったく」
原田が掴んでいる環の手首を離した。
オトコに殴られたら即座に応戦だが、美少女に殴られてもヤラレっぱなしでいるしかない。
例えば・・包丁で刺されたって、やり返さないかも。
「環。手、大丈夫?」
薫が心配そうに手を取ると、原田が不貞腐れたように言った。
「オレに言えよ、それ。殴られたのコッチだぜ」
3
「あのなー、オトコってのはスケベな生き物なの。ケダモノなの、オオカミなの。しょうがねーの、コレばっかりは」
藤堂がアッケラカンと、手を頭の後ろで組む。
「ケダモノ・・オオカミ・・」
環が低い声で繰り返すと、後ろで斎藤がボソリとつぶやいた。
「しょーがねーよ・・」
「そうそう。オトコが勃たなきゃ、人類終わりだぜ」
原田が懲りずにエロトークを始めると、沖田が遮った。
「左之さん」
「へぇへぇ」
首をすくめて、環の方を見る。
「安心しろよ。頭から塩かけて食っちまいたくても、嫌われんの怖くて出来ねぇしな。カワイイもんだろ?オトコって」
「・・・」
環の表情がなんとなく和らいだ。
薫は笑って見ている。
「言っとくが・・オレや新八みてーなハッキリスケベより、総司みてーなムッツリスケベのが100倍もアブネーんだぞー」
原田の言葉に、沖田が目を剥いた。
「はぁぁ?」
「オレのどこがムッツリなんですか?」
片膝立てた姿勢で、沖田が声を上げる。
「どこもかしこも全部」
「・・っ、なんですか、ソレ?」
「ま、ムリしてる感はあるよなー」
永倉も同意している。
「そうそう、そーゆー抑え込んでるヤローが暴走すると、もー大変よ」
原田はトボけた口調で続ける。
「暴走なんてしませんよ」
沖田は完全にフテている。
すると、廊下から声が聞こえた。
「おい、いつまで遊んでる」
土方が立っている。
「呼びに行った平助も戻ってこねぇし」
不機嫌顔で入口の柱に寄りかかった。
「とっとと食わねぇと、片付かねぇだろう」
「・・ハッキリとムッツリの二刀流がいたぜ」
原田が小声でつぶやいた。




