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第百七十三話 見廻組


 「ああ?」

 通りで数人の男達が睨みあってる。

 新選組と見廻組だ。


 先日、幕府から警備地域割付のお達しが新しく出た。


 それまでは、見廻組は御所や公家屋敷周辺の官庁街、新選組は祇園や三条などの歓楽街や商業地域が多かったが、新しい割付では新選組の警備範囲がかなり広くなっており、御所周辺なども入っている。


 見廻組としては、トーゼン面白くない。


 見廻組は、隊長は旗本、隊員は御家人(将軍家直参)、詰所も二条城の側にあるというプチセレブで、新選組とは御身分が違う方々なのだ。


 この日、巡察中の新選組に、たまたますれ違った見廻組の隊士がイチャモンをつけてきた。

 「ここはお前らがうろつくような場所じゃねーんだよ」的な揶揄を、通りすがりに聞えよがしにつぶやいた。


 彼らの不幸は・・巡察中の新選組の最後尾に、斎藤と沖田がいたことであった。

 先頭集団の若い隊士が、あやうく掴み合いを始めそうになったため、斎藤と沖田が止めに入った・・筈だったのだが・・。


 斎藤は自分からケンカを売ることはしないが売られれば全部買うし、沖田は一見飄々としてるが類まれなる負けず嫌い。


 それで・・一番最初のセリフに戻る。


 「ああ?」

 斎藤が、見廻組の隊士を威嚇している。


 向こうは真っ青だ。

 よりによって、斎藤一と沖田総司がいるとは思ってもいなかったらしい。


 「まずいな・・三番隊の斎藤だ」

 「後ろにいるのは沖田じゃないか~」

 見廻組の隊士達が、なにやら小声でゴニョゴニョ会話をしている。


 斎藤も沖田も、腰の刀に手はかけていない。

 が・・斎藤はガンガンにメンチ切ってるし、沖田はダルそうに腕組みしてるが、目が笑ってない。


 ここが町中で無ければ乱闘戦にでもなってたかもしれないが、町民が見てるので動けない。

 それで・・睨みあいが続く。


 すると・・列の後ろからノンビリした声が聞こえる。

 「なーにやってだ、おめぇら」


 斎藤と沖田が振り向く。

 「左之さん」


 ニヤニヤ笑いを浮かべた原田が立っていた。





 隊士達の間をかき分けて来ると、原田が斎藤に耳打ちする。

 「見廻組と騒ぎを起こすな」


 斎藤は一瞬、原田の顔を見たが、忌々しそうに舌打ちする。

 「チッ」


 「あんたらもホラ、もう行ってくれ」

 原田が見廻組の隊士に、シッシッという感じで手を振る。


 「・・あい分かった」

 先頭の隊士が頷いて歩き出すと、他の隊士がそれに続く。


 「マジむかつくぜー」

 斎藤がつぶやくと、原田に頭を小突かれる。

 「バカか、テメーは」


 「いってーな。なにすんだよ、左之さん」

 「見廻組とやりあってどうすんだ、このバカ」

 「向こうからイチャモンつけて来たんだよ」

 「んなもん、ほっときゃいーだろが」


 斎藤と原田がやり合ってると、横で見ていた沖田が山野に視線を移した。

 「おめぇが、左之さん呼んだのか?」


 「す、すみません。応援を呼ぼうと・・」

 山野が小さく答えると、沖田がバッサリ遮る。

 「ウソつけ、バレバレなんだよ」

 山野はケンカが始まりそうだったので、止めてもらおうと屯所まで走ったのだ。


 「ぜってー、そのうちボッコボコに」

 斎藤はまだブツブツ言ってる。

 もはやサムライでなく、場末のヤンキーである。


 「総司、おめぇも一緒になってナニやってる」

 原田の言葉に、沖田が白けた顔で答える。

 「ナニって・・売られたら買うの礼儀だし」


 「あ?」

 「買われて困るんだったら、最初から、安いケンカ売ってくんじゃねーってこと」

 沖田の言葉を聞いて、原田が息をつく。


 実は・・一見そうは見えないが、沖田は踏めば弾ける地雷クンだ。

 意外だが、土方とは違う風味の一触即発野郎なのだ。





 巡察が終わって屯所に戻ると、部屋に呼ばれた斎藤と沖田は、土方にコッテリしぼられた。


 不貞腐れて部屋に戻ると、今度は原田に呼ばれた。


 「部屋で呑もうや」

 原田に引っ張られて行くと、すでに永倉が手酌でグイグイ呑んでいる。

 斎藤も来ていた。


 「左之さん。オレぁ酒は・・」

 「いーから、いーから」

 

 (聞いちゃいねぇー・・)

 息をついて座ると、あぐらをかく。


 見ると・・壁際に古本が積み上がってる。

 どうやら全部、春画(エロ本)のようだ。


 (どんだけ持ってんだろ)

 数の多さに半ば感心したように、沖田が古本の山を見上げると、永倉が機嫌良く肩を組んできた。

 「お、総司。おめぇもキョーミあんなら、好きなのやるぜ。どれがいい?」


 「いらねぇです」

 ゲッソリと答えると、永倉が声を上げる。

 「またまたムリして」


 「・・酔ってんですか?新八っつぁん」

 「ワケねーだろ、まだ宵の口だぜ」

 言いながら、グングン杯をカラにする。


 斎藤が手を伸ばして、一冊手に取った。

 広げてみると、男女があられもない姿でからみあってる絵が精細に描かれている。


 頁をめくると、色々な体位の房事が載っていた。

 「ふーん」

 なにげない素振りをしながら、斎藤はつい見入ってしまう。

 沖田もつい、広げられた春画を目にして、瞳孔が開いてしまった。


 「総司・・おめぇ、ひょっとして1年以上、童貞なんじゃねぇか?」

 原田はいつもプライバシーを平気で侵す。


 「・・ほっといてもらえませんか、そーゆーことは」

 沖田がブスッと答えると、原田が肩を組んでくる。

 「だから・・今度いっしょに角屋で、パーッと芸娘揚げようぜ」

 原田は楽しそうに沖田の肩を揺らすが、沖田の方は無表情でされるままだ。


 すると、廊下から声が聞こえた。

 「お夕飯できましたよー」

 声と同時に、障子がスラリと開く。


 ・・エロ本を隠す間も無かった。


 廊下に薫と環が立っている。

 「みなさん、ここいたんですか?お夕飯できました・・から・・」

 言葉が途切れる。


 2人の目線は、全開してる春画の上にロックオンだった。





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