表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
50/127

第百七十二話 シチュー


 薫と環は、懲りずにヨーグルトと石鹸造りを続けている。


 「シチュー、作れるかも・・」

 薫がつぶやく。


 先日、麹屋の見習いから蘇(そ)という乳製品を分けてもらった。

 薫のヨーグルト作りに触発されて、試しに作ってみたらしい。


 蘇はナチュラルチーズみたいなバターみたいな・・とにかく乳臭さがモーレツに凝縮された超濃厚ミ○キーのような味だった。

 これをもっと精製すると、最高の珍味『醍醐』になるらしい。

 (※醍醐味の語源になっている食べ物)


 若い職人に勧められ、一口食べると・・思わずカンドーしてしまった。

 「う・・ぅぅぅぉおいしぃぃ~」


 ハッキリ言って、涙が出るほどウマイ。


 「ナニこれ?ナニこれ?」

 薫がおかわりをねだると、七郎(ななお)が苦笑しながら蘇を切ってくれる。


 ミルクそのもののという風味だが、口当たりはクッキーのようなサクサク感がある。


 「蘇ゆうんや。どや、うまいやろ?」

 七郎は嬉しそうだ。


 薫より少し年若の七郎は、麹屋「菱六」に奉公してる職人見習いだ。

 童顔なせいか、笑うと子どものようにあどけない。


 「そない喜んでくれんやったら、職人冥利に尽きるわな」

 そう言って、残った蘇をソックリそのまま薫にくれた。


 「また作ったるわ」

 白い八重歯を見せて笑う。


 ホクホク顔で屯所に戻った薫は、せっかくなので蘇を有効活用しようと思案していたが・・。

 「小麦粉はあるし、シチューは大人数分作れるから・・うん。いいかも」

 




 牛乳、鶏ガラ、小麦粉、塩に昆布出汁を少し混ぜて、シチューのルーを作る。

 それに、蘇を少し入れてみた。


 具はカブと鶏肉とトウモロコシにした。

 鍋でクツクツ煮ると、良い匂いが炊事場に充満する。


 すると・・戸口から覗いている影に気付く。

 鍋をいったん火から外して戸口に向かうと、表に永倉と藤堂が立っていた。


 「なにやってるんですか?」

 薫が素っ気なく訊くと、2人が首を伸ばしてノゾキ込む。

 「良い匂いするからよー・・何作ってんのかなーと思ってさ」


 「夕餉に出しますから、待っててください」

 薫がサックリと流す。

 (食いつき早いんだよね)


 「ちぇー」

 永倉は諦めたが、藤堂は不満顔だ。

 「なーんだよ。味見くれぇさしてくれてもいいじゃねぇか」


 薫はため息をついて、鍋から少量のシチューを皿に盛ってくる。

 「じゃあ、はい。味見」


 藤堂は一口飲んで目を開く。

 「うんっっっめぇぇぇーっっって、なんだコリャ」


 永倉が声を上げた。

 「メッチャメッチャ、うめぇじゃん!!」


 すると・・炊事場の前を通りかかった土方が、声につられてノゾキ込む。

 「なにやってんだよ?おめぇら」


 「あ、土方さん」

 「ちょうど良かった。これ食ってみてくれよ」


 2人に勧められて土方が残ったシチューをすする。

 「!!!」

 土方は顔を上げると、薫の顔をガン見した。


 なにやら怖くなって、薫が訊ねる。

 「・・なんですか?」


 「薫・・おめぇ」

 土方の言葉が途切れる。


 「?」


 「おめぇ・・ひょっとして、料理の神様なんじゃねーか?」





 別に薫は料理の神様でもなんでもないし、自分でもそんなこと分かってる。

 ただ先人の知恵をカバーしてるにすぎない。


 「料理の神様って・・」

 シチューを煮込みながら、息をつく。

 「違うんだけどなー」


 実力以上に買いかぶられると、なんだか後ろめたくなる。


 「・・ま、いっか」

 まぁ・・神様として名を馳せるにしても、どーせこの屯所の中だけの話だ。


 「あー・・」

 思えば・・平成ってつくづく恵まれてると思う。

 江戸時代なんて、フライドポテトひとつ無いし。


 施設育ちの薫は贅沢には無縁だったが、それでも・・この時代のどんな金持ちよりも大名よりも、薫の方がいいモン食ってきたに違いない。


 「あー・・も~・・ベーコンレタスバーガー食べたい、牛丼食べたい、担々麺食べたいよー」

 放課後の買い食いコースである。


 妄想に更けながらオタマを振り回すと、背後で声がした。

 「ぅあっつ!」


 振り向くと・・土方が立っている。

 薫が振り回したオタマから熱々のシチューが飛び跳ねて、ホッペにベッチャリ付いていた。


 「ひ、土方さん・・まだいたんですか?」

 薫が声を上げると、土方が袖で顔を拭きながら低い声を出す。

 「・・なにさらす、てめぇ」


 「ごめんなさい」

 (だから、なんで後ろに立ってんのよ・・しかも気配消して)


 「・・ったく」

 忌々しく舌打ちすると、気を取り直したように腕組みする。

 「その市中な。近藤さんにも喰わしてぇから、残しておいてくれ」


 近藤は近頃、出かけると戻りが遅い。


 「・・シチュー?」

 薫が思わず訊き返すと、土方が深く頷いた。

 「ああ、市中だ」


 (・・なんか、発音違わない?・・ってか、意味ぜんぜん違わない?)




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ