表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
46/127

第百六十八話 恋でなく


 ミツが用意した昼餉の膳が南部の前に置かれる。


 環は持参したおむすびを持って炊事場に向かった。

 炊事場に入ると、ミツが自分の賄いの準備をしている。


 環に気付くと、笑いかけてきた。


 (やっぱ、可愛いなぁ)

 ちょっと感心してしまった。

 (ほんと・・オンナノコって感じ)


 「環はん、お茶入りましたえ」

 一緒に食べようとミツが声をかけてくる。


 「ありがとうございます」

 環はミツの隣りに座ると、おむすびを入れた風呂敷の結び目を開く。


 ミツもおむすびを握っていた。


 握り飯にパクつきながら会話の糸口を探していると、ミツの方から話しかけてきた。

 「沖田はんは・・ひょっとして胸が悪いんどすか?」


 「え?」

 相変わらず前置き無しの直球を投げられて、環がまごつく。

 (南部先生から聞いたのかな?)


 「多分・・そうだと思います」

 嘘をついても仕方がないので正直に答えると、ミツがフゥーッと息をついた。


 「そやから・・もう、子どもらと遊ぶこともせぇへんようになったんかな」

 独り言のようにつぶやく。


 「沖田さん、よく子どもと遊んでたんですか?」

 環が話に乗ると、ミツが嬉しそうに顔を上げる。

 「そや。昔は非番の時にはいっつも壬生寺に来て、近所の子らと遊んどったわ」


 「へぇー」

 「ウチも弟連れてよぉ遊びに行ったんやけど・・沖田はん、子どもに好かれとったんよ」

 「そうなんですか?」

 微笑ましいエピソードに、環も笑顔になる。


 「沖田はんおったら、絶対ドベになることあらへんって、みんな喜んどったもん」

 「は?」





 「なんですか?それ」

 ミツの言ってることが理解できず、環が訊き返す。


 「そやから・・沖田はんおったら、かくれんぼでも鬼ごっこでも、ずーっと沖田はんが鬼のまんまなんよ」

 ミツの言葉を聞いて、環が首を傾げる。

 「それ・・わざと子どもに負けてあげてるんじゃないですか?」


 ミツが重々しく首を振る。

 「ちゃう。あれはガチの負けやわ、絶対に」


 「はぁ・・」

 「ウチも、沖田はんから"流行り唄教えて欲しい"ゆわれて、教えたんやけど。もう、なんべん教えたっても、ぜんーぜん覚えへんねん」

 ミツが眉間にシワを寄せる。


 (それ、多分・・なんにも聞いてないんだと思う)

 環には目に見えるようだった。


 環が見るに、沖田は剣術以外のことには、全くエネルギーを使わない。

 つまり・・剣術以外は単なるダメ人間である。


 着物の着方もどこかダラしないし、箸の持ち方もなんだかオカシイし、焼き魚の食べ方もうすら汚いし・・いちいち面倒臭そうだし。


 土方や山崎などは器用で完璧主義なので、比較的ナニをやらせても人並以上にこなすが、沖田は基本、剣術以外はヤル気ゼロである。


 そのせいなのか、どうやら子ども達と遊んでる時の沖田のヒエラルキーは最下層らしい。


 環はつい笑ってしまった。

 「あはは・・なんか分かる気がします」


 「だからかもしれんなぁ」

 ミツがつぶやく。

 「沖田はんのこと・・ほっとけんようになってしもたんは」


 「・・・」

 驚いた。


 どうやらミツは、沖田の強いところやカッコいいところでなく・・しょーもないダメンズぶりに参ってるらしい。


 (沖田さんより強い人探すとか言ってたけど・・全然カンケーないじゃん、そんなの) 


 環の視線を感じてミツが顔を上げる。

 「どしたん?」


 「あっいえ、なにも」

 環がブンブン首を振る。


 (それって、恋じゃなくて・・もう愛じゃないの?)





 環が診療室に戻ると、南部もすでに昼の膳をカラにしていた。

 

 「いやぁ~うまがっだ。ごっつぉさん」

 南部が爪楊枝を咥えながら、軽く手を合わせる。


 環と一緒に入って来たミツが膳を片していると、玄関から声が聞こえる。


 「先生、いるか?」

 声とともに戸口が開かれ、井上大助が入って来た。

 「昼飯もう食ったか?」


 「おう、大助くん。ちょうど今食い終わっだで」

 南部が手を振ると、大助が遠慮もなく上がってくる。


 「さっきの治療代置きに来た」

 懐から巾着の財布を取り出した。


 「大助くん、まだ・・。あんだが払うもんでねぇべ」

 南部が困ったように見上げるが、大助は構わず机に小銭を置く。

 「いいって。取りあえずだ」


 (井上さん、ひょっとして・・自分のポケットマネーで払ってるの?)

 環はチラリと置かれた小銭に目をやった。


 喧嘩騒ぎが起こるたび、治療費を肩代わりしてたらシンドイと思うが、大助は平気な顔をしている。


 「今日は先生ひとりか?」

 大助はしゃがみこむと、皿に残ってる漬物を勝手につまみ始めた。


 「ああ、吉岡くんと高橋くんにゃあ、家で待機しでもらっでらがら」

 「ふぅーん」


 パリパリと漬物を食べる大助の前に、ミツがお茶を差し出す。


 「お、悪ぃな。おミツちゃん」

 湯呑を掴むとグイと飲み干す。


 「ま・・いま、ここの医者、3人になっちまったからなぁ」

 大助が低い声でつぶやくのを、環が聞きとめた。

 「昔はもっといたんですか?」


 「・・ああ」

 大助が頷くと、南部が後を続ける。

 「以前・・もう一人いだっだんだ。安斎っちゅう、若ぐで腕の良いのが」


 「安斎先生どすか?ウチも知りまへんなぁ」

 ミツが首を傾げると、南部がさりげなく説明した。

 「ああ・・おミツちゃん来る前にゃあ、もういねぐなっだがら」


 「今どちらにおられるんどす?」

 ミツのごく単純な問いに、南部が目を伏せる。

 「・・死んだ。あの大火事でな・・逃げおぐれで」


 そのまま会話が途切れる。


 大助が手を伸ばして、また漬物をつまんだ。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ