表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
44/127

第百六十六話 飲む点滴


 薫は沖田の額におそるおそる手を伸ばす。

 (大丈夫、寝てるし・・)


 沖田は絶対に熱を計らせてくれない。

 南部が回診に来る時も、体調の良い時には診察を受けるが、思わしくない時には姿を消す。


 薫が沖田の額に手を置くと、やはり少し熱い。

 (やっぱり・・熱出てる)


 すると、いきなり手首を掴まれた。


 「ナニやってんだ?おめぇ」

 寝ていた筈の沖田が、薄目を開けている。


 「お、沖田さん。起きてたん・・」

 薫が言いかけると、沖田がムクリと起き上がる。


 同時に薫の手をグイッと引っ張って、畳の上に押さえつけた。

 「勝手にひとのデコに触んじゃねぇよ」


 体勢を崩した薫は、そのまま畳の上に横倒れになった。


 「お、沖田さん。ね、熱あるじゃないですか」

 言っても、沖田の手は動かない。

 「カンケーねぇだろうが」


 「か・・カンケーあります」

 (カンケーあるもん!)


 必死に手首を動かそうとするがビクともしない。

 (この人ホントに病人なのかな?)


 片方の手首を押さえこまれただけで、身体の自由を奪われている自分が情けなくてベソ顔になる。

 すると・・沖田が手の力を緩めた。


 慌てて手首を沖田の掌から引き抜くと、上半身を起こす。


 「なんの用だ?」

 沖田はややダルそうに、布団の上で体育座りの姿勢を取った。


 「甘酒作ってきたんです」

 薫が脇に置いた盆の上から、お椀を持ち上げる。

 「沖田さん、好きでしたよね」


 差し出すと・・これは素直に受け取った。


 一口すすってから、沖田が妙な顔をする。

 「うまい・・けど、なんかビミョーに味違うよーな・・」





 「熱冷ましと咳止めのお薬も入ってるから」

 薫の言葉を聞いて、沖田が一瞬、手を止める。

 「・・サギじゃん、それ」


 「サギじゃないですよ。人聞き悪いな」

 薫がフクレッ面をすると、沖田は首をすくめてお椀に口をつける。

 「まぁ、いーや。飲めるし、これ」


 どうやら、味はお気に召したらしい。


 (ホント・・ワガママだよね)

 薫は息をつく。

 「これから毎日、甘酒作りますから」


 「へー」

 いつものことだが、沖田のリアクションは薄い。


 飲み切ると、お椀を薫に手渡す。


 「オレぁ、寝る。夜、見廻りなんだ」

 ドサリと横になって、薄物の着物を引っ掛ける。


 カラのお椀を載せた盆を持って薫が立ち上がると、後ろから声をかけられる。

 「また、あの忍びに逢ったらしいな」


 「え?」

 (知ってるんだ)


 「ナンかされたんじゃねぇのか?」

 横になったまま、目を開ける。


 「なんにも・・されてないです」

 薫が足を止めて考え込む。

 「ただ、"犬に似てる"って言われたくらいで」


 「なんだ?そりゃ」

 「よくわかんないです」


 沖田は目を瞑ってクスクス笑う。

 「おめぇ、完全にからかわれてんな」


 薫がフクレッ面をすると、沖田はノンビリあくびして手を頭の後ろに組んだ。

 「まぁ、ワルサされてなきゃいいさ」


 「あの・・沖田さん」

 障子の前で立ち止まったまま、薫が顔を伏せる。


 「なんだよ、まだなんかあんのか?」

 目を瞑ったままで沖田が答える。


 「あの・・お祭りの時に」

 歯切れの悪い口調で言いかけると、そのまま言葉が途切れた。


 「なんだ?」


 「な、なんでもないです」

 小さく首を振って、部屋を後にする。


 (余計な詮索はやめよう・・)

 祭りの夜、ミツと並んで歩く沖田の姿が思い出されていた。





 翌日、朝餉の膳に甘酒を添えると、土方が不思議そうな顔をする。

 「朝っぱらから甘酒か?」


 「はい。これから毎日作りますから」

 薫が答えると、隣りで環が頷く。

 「甘酒は"飲む点滴"なんです。体力回復に効果ありますよ」


 「"飲む天敵"だぁ?」

 土方が甘酒の入ったお椀を眺める。

 「初めて聞いたな・・まぁ、強そうだが」


 「皆さん、毎日飲んでくださいね」

 2人がニッコリ笑う。


 「"飲む天敵”ねぇ・・よっしゃ!」

 永倉は一気に飲み干した。


 「んな気合いの入った飲みモンだっけ?」

 斎藤がつぶやくと、藤堂が横から口を挟む。

 「いーんだよ。"飲む天敵"だって言ってんだから、そうなんだろ。黙って飲め」


 「"飲む天敵"って・・イミ分かんねぇ」

 沖田がボソリとつぶやく。


 「いらねんならもらうぞ、総司」

 向かいの原田が声をかけると、沖田が即座に答える。

 「いらねぇとは言ってねぇです」


 ぜんぜん違う意味合いのまま、会話が弾んでいる。

 どうやら、みんな甘酒は好きらしい。


 薫は沖田の様子を伺っているが、普段と変わりはなかった。

 (熱、下がったのかな?)


 すると・・目の前にお椀が突き出されている。


 「天敵おかわりだ」

 土方だった。


 「え?あ、甘酒ですか」

 薫が驚いて顔を上げると、土方と目が合う。

 (テンテキって・・)


 「は、はい。すぐ持ってきます」

 薫が立ち上がると、原田と永倉が手を振る。

 「オレも天敵おかわりー」


 斎藤と藤堂も顔を合わせて、手を振った。

 「オレももらうー」


 薫は頷いて、部屋を見渡した。

 「沖田さんはどうします?」


 視線が沖田に集中する。


 「あー・・」

 仕方がないといった感じで沖田も手を上げた。

 「じゃ・・オレもおかわり」



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ