第百六十六話 飲む点滴
1
薫は沖田の額におそるおそる手を伸ばす。
(大丈夫、寝てるし・・)
沖田は絶対に熱を計らせてくれない。
南部が回診に来る時も、体調の良い時には診察を受けるが、思わしくない時には姿を消す。
薫が沖田の額に手を置くと、やはり少し熱い。
(やっぱり・・熱出てる)
すると、いきなり手首を掴まれた。
「ナニやってんだ?おめぇ」
寝ていた筈の沖田が、薄目を開けている。
「お、沖田さん。起きてたん・・」
薫が言いかけると、沖田がムクリと起き上がる。
同時に薫の手をグイッと引っ張って、畳の上に押さえつけた。
「勝手にひとのデコに触んじゃねぇよ」
体勢を崩した薫は、そのまま畳の上に横倒れになった。
「お、沖田さん。ね、熱あるじゃないですか」
言っても、沖田の手は動かない。
「カンケーねぇだろうが」
「か・・カンケーあります」
(カンケーあるもん!)
必死に手首を動かそうとするがビクともしない。
(この人ホントに病人なのかな?)
片方の手首を押さえこまれただけで、身体の自由を奪われている自分が情けなくてベソ顔になる。
すると・・沖田が手の力を緩めた。
慌てて手首を沖田の掌から引き抜くと、上半身を起こす。
「なんの用だ?」
沖田はややダルそうに、布団の上で体育座りの姿勢を取った。
「甘酒作ってきたんです」
薫が脇に置いた盆の上から、お椀を持ち上げる。
「沖田さん、好きでしたよね」
差し出すと・・これは素直に受け取った。
一口すすってから、沖田が妙な顔をする。
「うまい・・けど、なんかビミョーに味違うよーな・・」
2
「熱冷ましと咳止めのお薬も入ってるから」
薫の言葉を聞いて、沖田が一瞬、手を止める。
「・・サギじゃん、それ」
「サギじゃないですよ。人聞き悪いな」
薫がフクレッ面をすると、沖田は首をすくめてお椀に口をつける。
「まぁ、いーや。飲めるし、これ」
どうやら、味はお気に召したらしい。
(ホント・・ワガママだよね)
薫は息をつく。
「これから毎日、甘酒作りますから」
「へー」
いつものことだが、沖田のリアクションは薄い。
飲み切ると、お椀を薫に手渡す。
「オレぁ、寝る。夜、見廻りなんだ」
ドサリと横になって、薄物の着物を引っ掛ける。
カラのお椀を載せた盆を持って薫が立ち上がると、後ろから声をかけられる。
「また、あの忍びに逢ったらしいな」
「え?」
(知ってるんだ)
「ナンかされたんじゃねぇのか?」
横になったまま、目を開ける。
「なんにも・・されてないです」
薫が足を止めて考え込む。
「ただ、"犬に似てる"って言われたくらいで」
「なんだ?そりゃ」
「よくわかんないです」
沖田は目を瞑ってクスクス笑う。
「おめぇ、完全にからかわれてんな」
薫がフクレッ面をすると、沖田はノンビリあくびして手を頭の後ろに組んだ。
「まぁ、ワルサされてなきゃいいさ」
「あの・・沖田さん」
障子の前で立ち止まったまま、薫が顔を伏せる。
「なんだよ、まだなんかあんのか?」
目を瞑ったままで沖田が答える。
「あの・・お祭りの時に」
歯切れの悪い口調で言いかけると、そのまま言葉が途切れた。
「なんだ?」
「な、なんでもないです」
小さく首を振って、部屋を後にする。
(余計な詮索はやめよう・・)
祭りの夜、ミツと並んで歩く沖田の姿が思い出されていた。
3
翌日、朝餉の膳に甘酒を添えると、土方が不思議そうな顔をする。
「朝っぱらから甘酒か?」
「はい。これから毎日作りますから」
薫が答えると、隣りで環が頷く。
「甘酒は"飲む点滴"なんです。体力回復に効果ありますよ」
「"飲む天敵"だぁ?」
土方が甘酒の入ったお椀を眺める。
「初めて聞いたな・・まぁ、強そうだが」
「皆さん、毎日飲んでくださいね」
2人がニッコリ笑う。
「"飲む天敵”ねぇ・・よっしゃ!」
永倉は一気に飲み干した。
「んな気合いの入った飲みモンだっけ?」
斎藤がつぶやくと、藤堂が横から口を挟む。
「いーんだよ。"飲む天敵"だって言ってんだから、そうなんだろ。黙って飲め」
「"飲む天敵"って・・イミ分かんねぇ」
沖田がボソリとつぶやく。
「いらねんならもらうぞ、総司」
向かいの原田が声をかけると、沖田が即座に答える。
「いらねぇとは言ってねぇです」
ぜんぜん違う意味合いのまま、会話が弾んでいる。
どうやら、みんな甘酒は好きらしい。
薫は沖田の様子を伺っているが、普段と変わりはなかった。
(熱、下がったのかな?)
すると・・目の前にお椀が突き出されている。
「天敵おかわりだ」
土方だった。
「え?あ、甘酒ですか」
薫が驚いて顔を上げると、土方と目が合う。
(テンテキって・・)
「は、はい。すぐ持ってきます」
薫が立ち上がると、原田と永倉が手を振る。
「オレも天敵おかわりー」
斎藤と藤堂も顔を合わせて、手を振った。
「オレももらうー」
薫は頷いて、部屋を見渡した。
「沖田さんはどうします?」
視線が沖田に集中する。
「あー・・」
仕方がないといった感じで沖田も手を上げた。
「じゃ・・オレもおかわり」




