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第百六十四話 祭りの後


 壬生村まで来ると、ミツが立ち止まった。

 「もう、ここでええわ。ひとりで帰れるし」


 「夜道は危ねぇぞ」

 沖田の言葉にミツが首を振る。


 「家の人に見つかったら怒られてまうわ」

 ミツが顔を上げる。


 沖田と一緒にいるところを親に見られたら、大騒ぎになってしまう。

 ミツの家は、もうすぐ先だ。


 沖田が息をつく。

 「わかった、じゃあな」


 そう言って提灯をミツに持たせる。


 すると・・ミツが俯き加減で口を開いた。

 「沖田はん」


 「ん?」

 「身体、大事にせなアカンよ。仕事忙しいのは分かるけんど・・」

 「・・ああ」


 ミツが息をつく。

 「・・言ってもムダやろなぁ」


 沖田が目を開いた。


 「ほな・・送ってもろて、おおきに」

 ミツは小さく頭を下げると、ひとりで夜道を歩き出した。


 後姿をしばらく見送ってから、沖田が闇の中を歩き出す。


 以前、大助から似たようなことを言われたことを思い出していた。

 "ムリすんなよ、っつってもムダか"


 「・・おせっかいめ」

 あの時と同じ言葉を小声でつぶやく。





 祭り見物から帰った薫は、疲労感しか残ってなかった。

 環は部屋に戻ったが、薫は玄関で膝を抱えて座り込んでる。


 思いついたように立ち上がると、広い屯所で人探しを始めた。


 1人部屋、大部屋、集会所、道場、あちこち見て回る。


 すると・・意外なことに、探し人は庭の樹の下で腕を組んで立っていた。


 「土方さん」

 薫の声に、土方が振り向く。


 「なにやってるんですか?こんなとこで」

 薫が近付くと、土方が横を向く。

 「なんでもねぇ」


 「また(ヘタクソな)俳句ヒネッてたんですか?」

 「ほっとけ」


 「あの・・」

 薫が少しためらったような声を出す。


 「なんだ?」


 思い切ったように顔を上げた。

 「祇園祭りで・・源三郎さんを襲った忍びに逢ったんです」


 「なんだとぉ?」

 土方が目を吊り上げる。


 「一二三っていう・・団子屋に来てた方です」

 薫は目を反らしたままで続ける。

 「また京に戻って来たって言ってました」


 「・・ほかには?なんか話したか?」

 土方が静かな声で訊いた。


 「なにも」

 薫はブンブン頭を振る。


 「やつらの捜索は打ち切ったが・・また再開しなきゃなんねぇな」

 土方が息をつくと、薫が顔を上げた。

 「あの・・」


 「なんだ?」

 「・・なんでもありません」


 土方が薫の顔をヒョイとノゾキ込む。

 「どうした?ひょっとして、また口説かれそうになったか?」


 薫の顔が真っ赤になる。

 「そっ、そんなに何度もダマされませんから!」


 「だったらいい」

 クスリと笑って、薫の頭に手を置いた。





 その後すぐ土方と別れたが、薫は落ち着かなかった。


 今夜は色んなことが起こり過ぎる。

 ミツと一緒の沖田を見かけて、とつぜん一二三が現れて・・そして土方には優しく頭をポンポンされた。


 (祭りのせいかなぁ・・なんだか)


 一二三が現れたのは確かに事件だが、沖田や土方のことなど事件でもなんでもない。

 (なのに・・)

 

 些細なことに、いちいち翻弄される自分が情けない。

 (環みたいに、動じないメンタルが欲しいなー)


 まぁ、環だっていつでも落ち着いてるわけではない。

 常に絶対零度をキープできるわけじゃないし、それなりに揺らぐこともあるのだが、薫ほど丸出しでないだけだ。


 部屋に戻る途中、立ち止まって自分の頭に手をあてる。

 土方にとっては子どもの頭を撫でるのと同じかもしれないが、なんとなくドギマギしてしまう。


 (オジさんが女子高生に触っちゃダメでしょーが)

 べつに土方はオジさんではないが、薫は心の中で毒づく。


 部屋の前の廊下で立ち止まった。

 隣りは灯りは点いていない。

 真っ暗だ。


 (沖田さん・・戻ってないんだな)


 そりゃそーだ、と考える。

 祭りの間の夜間巡察は深夜まで続くのだ。


 障子を開けると、すでに環が布団を敷いていた。

 薫の分も用意してくれている。


 「ゴメン、遅くなって。ありがと、布団敷いてくれて」

 中に入って膝をつくと、ため息をついた。


 「どうしたの?お祭りで何かあった?」

 環が心配そうに聞いてくるが、薫は首を振る。

 「・・なにも」


 環に余計な心配をかけたくない。

 薫は寝間着に着替えて、布団に身体をスベリ込ませる。


 少しずつ・・何かが変わり始めていた。




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