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第百六十三話 迷子


 「ボーッとしてると人さらいに連れてかれちゃうよ」

 相変わらず・・イタズラっぽい顔で一二三が笑う。


 「どうして・・」

 薫がつぶやくと、アッケラカンと答える。

 「どうしてって・・お祭り見物に来ちゃワルい?」


 「お祭り見物って・・」

 呆れてしまった。


 一二三と拾門は、新選組からおたずね者として追われている。


 「まだ・・京にいたんだ」

 捜索隊の網に引っ掛からなかったので、もう京にはいないと言われていたのに。


 「一時離れてたけど、やっぱ京の方が仕事が多いからね」


 「仕事って・・忍びの?」

 薫の低い問いかけに、一二三は薄笑いを浮かべる。


 「だったら?」

 開き直ってるようなセリフだが、口調は柔らかい。


 「・・・」

 「そう・・オレは忍びだよ。団子屋に行ったのも、新選組の女隊士に近付いて情報探るためだったし」


 分かってることでも、面と向かって言われるとやはりショックだった。


 「で・・今度はなんの用?」

 薫が低い声を出す。


 「用じゃないよ。道の真ん中でボーッと突っ立ってるのが見えたから、声かけただけ」

 呆れるほど呑気な口調だ。


 「いまここで大声出すことも出来るけど」

 薫が強気で言うと、アッサリ返される。

 「出せば?」


 そう言われても、薫の喉は塞がったままで、声が出てこない。


 「・・一二三って、いっつも」

 「ナニ?」


 (ズルイんだよね)


 「・・そう言えば」

 ややトーンを落として、一二三が続ける。

 「さっき、アッチにオニーチャンがいたね。一番隊組長」


 薫が顔を上げる。


 目が合うと、一二三が言った。

 「女連れだったけど」




 「気になる?」

 からかうような声が、薫をイラ立たせる。


 「べつに」

 キッパリ言うと、一二三がクスクス笑った。

 「ならいーけどさ」


 「あたしもう行くから」

 踵を返すと、手首を掴まれた。

 「薫」


 振り向くと、一二三の瞳が間近にある。


 「新選組から離れた方がいい」

 「え?」


 「幕府にはもう、力は無いよ」

 一二三が低く囁く。

 「これからは・・追い詰められるだけだ」


 「・・・」


 言われなくても・・そんなことは分かっている。

 薫は危うく口から出そうになる言葉を飲み込んだ。


 幕府は負ける。

 会津藩は負ける。

 新選組は負ける。


 それはすでに確定された未来なのだ。


 このまま新選組にいればどうなるか・・分かっていても、離れたくない。

 ほかに居場所が無いから・・それだけじゃもうなくなっていた。

 薫も環も。


 「ほっといて」

 振りほどこうとする薫の手を、さらに一二三が強く掴む。


 「オレが守ってあげるよ。薫のこと」

 腕を引き寄せる。


 「新選組じゃなくて、オレが守ってあげる」

 呪文のように繰り返される言葉が、耳にまとわりつく。


 薫の足は固まったように動かなくなった。





 薫は頭をブンブン振った。


 「またタラシ込もうったって、そうはいかないんだから!」

 思いきり邪険に手を振りほどくと、一二三が吹き出した。


 肩を丸めてクスクス笑っている。


 「なっ、なにがオカシイのよ」

 薫がいきり立つと、一二三が笑いながら顔を上げる。

 「いや・・ド正直だなーって思ってさ。分かりやすくていいけど」


 薫の顔が真っ赤になる。

 テレてるのではない。

 イカってるのだ。


 「フザけるのヤメテよ」


 すると・・一二三がふと真面目な顔になった。

 「薫見てると思い出すんだよね」


 「・・なにをよ?」


 「オレが昔、可愛がってた・・」

 一二三が薫の顔をノゾキ込む。

 「犬のこと」


 「はぁ?」

 薫が思わず声を上げる。


 「野良の子犬なんだけど、内緒でエサ上げてたんだ。オレが行くとスゲー尻尾振ってさ。もう可愛いのなんのって」

 一二三はニコニコ笑っている。


 薫の方はボーゼンとしていた。

 どうやら自分は、犬に似てると言われてるらしい。


 「い、犬って・・」

 薫が言いかけた言葉を、一二三が遮る。

 「お仲間が来たみたいだな」


 「じゃあ、またね。薫」

 耳元に口を寄せると、頭巾を巻いて人波に姿を消した。


 薫がその場で突っ立ってると、後ろから声をかけられる。


 「みつけたー!」

 環の声だ。


 振り返ると、環とシンがかなり焦った様子でやって来る。


 「環・・シン・・」

 ホッとすると、身体の力が抜ける。


 頭の中がなんだか混乱していた。




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