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第百六十二話 甘酒


 「すっごいキレイ!」

 薫と環がはしゃいだ声を上げる。


 黄や赤の駒形提灯が暖かく灯り、夜闇に浮かび上がっている。


 しかし、思った以上の人出に驚いた。

 2人はシンの袖をつかんでいる。

 そうしないとはぐれてしまう。


 「ちょっと疲れたね」

 環が息をつくと、薫がキョロキョロと辺りを見渡す。

 「あ、ねぇ。甘酒売ってる、ちょっと休もうか?」


 見ると、甘酒の屋台の前で、何人か立ち飲みしている。


 疲れたし、喉が乾いたのでちょうどいい。

 3人分の甘酒を買って、人波からちょっと外れた木陰で休む。


 「めちゃめちゃ美味しい、この甘酒」

 薫が思わずつぶやく。


 この時代に来てから、時々驚くことがある。


 化学調味料に慣れた3人にとって、江戸時代の味付けは物足りなく感じることが多い。

 ところが、天然素材だけの風味がビックリするほど美味だったりする時がある。


 「ほんと・・」

 環も驚いた顔をしている。


 「甘酒は、江戸時代には、夏バテ防止や疲労回復に良く飲まれてたらしい」

 シンは一気に飲んでしまっている。


 「へぇー・・」

 感心したよう薫がつぶやくと、隣りで環が小さく声を上げた。

 「そっかぁ・・そーだよ」


 「どしたの?」

 薫が訊くと、環がテンションを上げる。

 「甘酒は"飲む点滴"なんだよ、薫」


 「あ、それ・・聞いたことあるー」

 「甘酒には、ビタミンやアミノ酸やブドウ糖が豊富に含まれてるから、滋養強壮や疲労回復に効果がある」

 薫とシンがそれぞれの知識を披露する。


 「だから・・屯所でも甘酒作って、みんなに飲ませばいんじゃない?」

 環が声を高くした。





 「屯所で・・そっか・・」

 薫は小さくつぶやく。


 甘酒は米と麹から作られる。

 ヨーグルト作りのために麹屋に行こうと思っていたところだ。

 ちょうどいい。


 麹を買って来れば、屯所で甘酒を作れる。

 値段も安価なので、勘定方からも文句は言われないだろう。


 「うん、今度作ってみるね」

 薫が頷くと、環が嬉しそうな顔をする。

 「わたしにも作り方教えて。体力が落ちてる人には毎日飲ませたいし」


 「うん、分かった」

 薫は、甘酒を麹の段階から手作りしたことがある。

 お正月に、施設の子供たちのために作っていた。


 市販の甘酒はわりと高かったので、麹を買って作った。

 そうすれば、安価で大量に甘酒が出来る。


 しかし・・できれば、麹屋の職人から本格的な甘酒の作り方を教わりたい。


 (教えてくれるのかなぁ?)


 新選組は、卸す食材の量がハンパでないので、業者からすれば良い取引先である。

 出入りの業者だったら、ある程度の無理は聞いてもらえるはずだ。


 頭の中で考えがまとまると、落ち着いた。


 お椀を屋台に返して、また3人で人波にもまれながら進む。

 祇園囃子の音色がにぎやかに響いている。


 人波に酔った感じで、薫が思わず立ち止まった。

 すると、つかんでいた筈のシンの袖が指先から無くなっている。


 「え?」

 慌てて周りを見渡すが、シンの姿も環の姿も見つけられない。

 「うそ・・はぐれた?」


 薫は焦って、キョロキョロしながら少しずつ前に進む。


 すると・・道の向こうに黒い羽織姿が立ってるのが目に入った。

 新選組の隊士が着ている羽織に見える。


 シンかと思って目を凝らすと・・沖田だった。


 「沖田さん?」

 ホッとして、人波をくぐる。


 すると・・沖田の向かいに娘が立っていた。

 道の端で立ち話をしているようだ。

 

 薫は思わず立ち止まる。

 (え?・・誰?)


 一瞬、人波が途切れて、娘の顔が目に入った。

 (あ・・おミツさん?)





 薫はそのまま道の途中で立ちんぼうになってしまった。

 立ったままの薫に、通行人の肩がぶつかってくる。


 沖田とミツは、なにやら話し込んでいたが、一緒に並んで歩き出した。


 薫は2人が歩いて行った方を見送る。

 (沖田さんとおミツさん・・一緒にお祭りに来たのかな?)


 一瞬思ったが、沖田は見廻り中のはずなので、お祭りデートなどする時間はない。


 (ううん・・多分違うよなぁ)

 薫は考え込む。


 事情は分からないが、下手な詮索はしない方がいいように思えた。

 (見なかったことにしよ・・)


 そう思いながらも、なんとなく2人のことが気にかかる。


 「あ・・」

 それよりも・・自分が迷子というか、はぐれてしまったことを思い出す。

 「やばい・・やばいって~・・」


 環とシンの姿を探すが、やはり見当たらない。


 「どーしよ・・」

 薫は番所に行くという発想が無いので、ただただ途方に暮れる。


 すると、突如後ろから手首を掴まれた。

 もといた道の端に引っ張られる。


 驚いて見上げると、頭巾を巻いた見知らぬ姿の男だ。


 「いや!」

 薫が驚いて声を上げるが、すごい力で手首を掴まれて振りほどけない。


 「は・・離して!」


 黒い頭巾が振り返る。

 すると・・頭巾の下から見知った顔が見える。


 「ひ・・一二三?」


 「ひさしぶり、薫」

 一二三がニッコリ笑った。




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