第百二十六話 良順
1
永倉たちが立ち話をしていると、門の方から島田がやってきた。
「おう、力さん」
永倉が声をかけると、なにやら嬉しそうに寄ってくる。
見ると、小さな丸いモノを大事そうに抱えていた。
「見たってやぁ~」
島田が胸に抱いてるのは、おくるみに包まれた赤ん坊だった。
「やっと生まれたに~」
「お、力さんの坊主か?それとも嬢か?」
原田もノゾキ込む。
「坊主だがね~、ついとるがね~」
島田はホクホク顔である。
見ると、生まれたばかりというカンジの小さな身体が、島田の巨体に抱かれている。
豆粒のように小さくて愛らしい物体を見て、藤堂や斎藤でも思わず眼尻が下がって来る。
原田はもうメロメロで、島田に頼んで赤ん坊を抱かせてもらった。
「名前なんてんだ?」
赤ん坊を腕に抱きながら原田が訊くと、島田が待ってましたとばかりに答える。
「魁太郎」
4人同時に顔を上げた。
「カイタロー・・?」
「そうやぁ~」
島田は語尾に花が咲いている。
「・・なんで、そんな名前つけたんだ?」
永倉がたいがい失礼な事を訊く。
「なんでって・・ワシの名前、島田魁やから。その息子は魁太郎だがね」
島田はまったく気にせずニコニコしている。
「赤子はみな似たり寄ったりやがね。けど、こん名前やったら、すぐワシの息子やて分かろうがね」
(すげぇテキトー・・)
みな口には出さない。
すると・・そこに沖田が通りかかった。
2
「おーう、総司」
島田が上機嫌で手を振る。
「あれぇ、島田さん。みんなも・・揃ってナニしてるんですか?」
沖田が近寄る。
原田が腕に抱いた赤ん坊を沖田に見せる。
「どーだ?力さんのムスコだぜ」
原田の腕の中で、まだ首も座らない赤ん坊がクッタリと寝ている。
沖田は思わずノゾキ込んだが、ハッとした様子で離れた。
「あ、え~と・・オレ用事あるんで」
そそくさとその場を去る。
その後ろ姿を、島田が首をヒネッて見送った。
「どしたんやがね?総司は」
「・・土方さんにでも呼ばれてんだろ。気にすんなって」
原田はさりげなく言ったが、なんとなく理由は分かっていた。
沖田が赤ん坊から離れたのは、病気を感染(うつ)すことを恐れてだろうと、島田以外は気付いている。
この頃の沖田は、稽古中に咳き込む回数が増えていた。
ただの風邪でないことは、永倉たちもさすがに気付き始めている。
門の外に出ると、沖田は息をついた。
良順からハッキリ労咳であることを言い渡され、「子供と年寄り、病人や妊婦には近づかないように」とクギを指されている。
今のところ・・良順の処方した薬を服用して、それなりに体調は落ち着いているが。
以前は・・壬生寺に行って近所の子供たちと鬼ごっごしたり、凧揚げやコマ回しや石投げなどを日が暮れるまでやっていた。
子供相手でも手を抜かず、本気でやっていた。
だが・・もう出来ない。
江戸時代で肺病は不治の病だ。
死ぬまで付き合っていくしかない。
(それもしかたねぇ)
沖田は飄々としてるので、嘆いたり恨んだりの負の感情は湧いてこない。
(長生きなんざ、もとから考えちゃいねぇさ)
ただ・・自分が選ばれた病が、他人に感染す怖れがあるというのがどうにもやりきれなかった。
3
その夜、沖田は良順に誘われて祇園の料亭に来ていた。
良順は有為の人物だが、酒と冗談が大好きで、ソコが新選組にハマッたのかもしれない。
将軍に従い入洛した後、頻繁に新選組屯所に訪れ隊士との懇親を深めていたが、中でもとりわけ沖田のことを気に入った。
新選組の大幹部である天才剣士が、少年のようなあどけない男だったのが嬉しくてたまらないらしい。
しょっちゅう沖田を食事に誘い、痩せた身体に肉をつけようとしていた。
「酒はダメだよ、沖田くん」
自分だけ手酌で酒を呑みながら 良順は沖田の前に置かれたオチョコを逆さに伏せた。
「分かってます」
沖田は最初から、食事だけのつもりである。
「んじゃ、プローシト!(乾杯)いぇ~い♪」
そう言って、良順はひとりでグングン杯をカラにする。
(このオッサン・・ほんとに名医なのかなぁ)
沖田は時々疑わしく思っている。
良順は蘭学者であり蘭方医でもあるが、性格は豪放磊落で、酒が入ると蘭語が混ざりサッパリ会話が通じない。
「沖田くんには・・コレコレ!」
そう言って脇に置いた瓶を傾けると、お椀に白い液体を注ぐ。
わざわざ持ち込んだ、その中身は酒ではない。
沖田の前にそのお椀を置くと、"してやったり"と言う顔で笑った。
「メルク、メルク、牛乳だよ!牛乳飲んで健康になろう、沖田くんっ」
「・・・」
新選組ではあまり見ない良順のキャラに、沖田は未だに上手いリアクションが取れない。