表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
39/127

第百六十一話 祭り見物


 「おめぇらも、祭り見物に行って来い」

 土方が突然、庭に現れた。

 後ろにシンが立っている。


 「こいつに護衛させる」

 クイッと親指でシンを指さす。


 「行ってもいんですか?」

 薫が立ち上がった。

 洗濯物は全部干して、ちょうど一段落したところだ。


 「ああ」

 土方が頷くと、環が立ち上がった。

 「ありがとうございます」


 環の嬉しそうな声に、土方は何も応えず、すぐに踵を返した。


 (土方さんって、ごくたまーに優しいな)

 薫は嬉しくなっている。


 「オレも祇園祭りは観たいと思ってたんだ」

 シンも珍しく喜んでいるようだ。

 

 着替えてから、提灯を持って3人で町に出る。


 シンは袖にショックガンを忍ばせていた。

 剣の腕も上がったが、祭り時にチャンバラなんぞ始めたくない。


 薫と環は、小銭を入れた巾着を袖に入れている。

 祇園に潜入した時、お茶屋と団子屋から少額だが日当をもらっていた。


 「縁日みたいに露店とか出てるのかな?」

 薫が楽しそうにつぶやくと、シンが答える。

 「縁日っつーか、屋台なら年がら年中、通りに出てるよ」


 「普段と違う祭りの雰囲気を味わいたいの」

 薫が言うと、環も頷く。

 「そーだよねー、何買おうかなー」


 「シンにも、なんかオゴったげる」

 薫が言うと、シンが首をすくめる。

 「へー、へー」





 「沖田はん・・」

 ミツが驚いた声でつぶやく。

 「その血・・」


 ミツの視線は沖田の口元に集中している。

 沖田が慌ててゴシゴシと口を拭うが、端に血の痕が残っている。


 ミツが慌てて手拭を差し出す。

 「これ・・使うとくれやす」


 「いや・・いい。汚れちまう」

 沖田が首を軽く振った。

 咳はもう治まってる。


 「そないなことゆわんと」

 ミツが困ったように眉をひそめる。


 差し出されたままの手拭を、沖田は仕方なく受け取った。

 口元を拭うと、息をつく。

 「汚しちまって悪かったな。新しいの買って返すよ」


 沖田が小路から出て来たので、ミツが慌てて身体をズラす。

 「いりまへん、そんな手拭くらい」


 「そういうワケにゃいかねぇ」

 「いりまへん」


 ミツの頑とした口調に、沖田がため息をつく。

 「祭り時になんでひとりなんだ?ツレは?」

 

 「おかあはんと一緒やってん、はぐれてしもて」

 ミツが困った顔で左右を見渡す。


 辺りは人の波で、人探しは困難に見えた。

 迷子になったら近くの番所にでも行くしかない。


 ミツが息をつく。

 「しゃあないわ・・もう帰ろ。おかあはんもウチを探すの諦めてるやろ」


 「帰るんだったら送ってくよ」

 沖田が通りを眺めながら言った。


 「え?」

 ミツが驚いて見上げる。

 「だ・・大丈夫や、ウチひとりで帰れるし」


 「大晦日の時みてぇに、オトコにカラまれるぜ」

 沖田が目をやると、ミツの頬が染まってるのが提灯の灯に照らされて映った。





 人波と逆方向に、沖田とミツが並んで歩く。

 途中、すれ違う人の肩にぶつかるミツを、沖田がかばいながら歩いていた。


 「京太は元気かい?」

 沖田が訊くと、ミツが小さく頷く。

 「うん、いま寺子屋で読み書き習っとんねん」


 「へぇー」

 久しく会っていない京太の顔を思い出す。


 「沖田はん・・なんで壬生寺に来ぇへんようになったん?」

 ミツの問いかけに、沖田がアッサリ答える。

 「行ってるぜ」


 「新選組の演習でやろ?以前は、しょっちゅう遊びに来てたやろ。サッパリ来んようになってしもて」

 「・・・」


 身体を悪くする前、非番の時いつも壬生寺で子どもたちと遊んでいた。


 「京太がな、"沖田はんはナニやってもヘタクソのドベやから、逃げたんやろ"ゆうてたわ」

 「はぁぁー?」

 沖田が思わず立ち止まる。


 「・・ヘタクソのドベ?」

 眉間にシワを寄せる。


 ミツもつられて立ち止まった。

 「そやろ。凧揚げも駒回しも、面打ちも魚取りも・・ぜーんぶドヘタやったわ。京太に勝てたことなんかイッコもあらへんし」

 ミツがズケズケ話すのを、沖田がややボーゼンとして聞いている。


 「ウチも・・最初は子ども相手やから、わざと負けてるんかなぁ思たけど。だんだん分かってん・・この人、正真正銘のおミソやて」


 「・・おミソ?」

 沖田はショックを隠し切れない。


 「子どもに負けてくやしいの分かるけんど・・オトコの人が勝負から逃げたらアカンわ」

 トドメのセリフを指すミツを、沖田が呆気に取られた表情で見ている。


 思い出していた。

 自分が壬生村の悪ガキどもから子分扱いされて小突かれてるのを、ミツがいつも笑いながら見ていたのを。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ