第百六十一話 祭り見物
1
「おめぇらも、祭り見物に行って来い」
土方が突然、庭に現れた。
後ろにシンが立っている。
「こいつに護衛させる」
クイッと親指でシンを指さす。
「行ってもいんですか?」
薫が立ち上がった。
洗濯物は全部干して、ちょうど一段落したところだ。
「ああ」
土方が頷くと、環が立ち上がった。
「ありがとうございます」
環の嬉しそうな声に、土方は何も応えず、すぐに踵を返した。
(土方さんって、ごくたまーに優しいな)
薫は嬉しくなっている。
「オレも祇園祭りは観たいと思ってたんだ」
シンも珍しく喜んでいるようだ。
着替えてから、提灯を持って3人で町に出る。
シンは袖にショックガンを忍ばせていた。
剣の腕も上がったが、祭り時にチャンバラなんぞ始めたくない。
薫と環は、小銭を入れた巾着を袖に入れている。
祇園に潜入した時、お茶屋と団子屋から少額だが日当をもらっていた。
「縁日みたいに露店とか出てるのかな?」
薫が楽しそうにつぶやくと、シンが答える。
「縁日っつーか、屋台なら年がら年中、通りに出てるよ」
「普段と違う祭りの雰囲気を味わいたいの」
薫が言うと、環も頷く。
「そーだよねー、何買おうかなー」
「シンにも、なんかオゴったげる」
薫が言うと、シンが首をすくめる。
「へー、へー」
2
「沖田はん・・」
ミツが驚いた声でつぶやく。
「その血・・」
ミツの視線は沖田の口元に集中している。
沖田が慌ててゴシゴシと口を拭うが、端に血の痕が残っている。
ミツが慌てて手拭を差し出す。
「これ・・使うとくれやす」
「いや・・いい。汚れちまう」
沖田が首を軽く振った。
咳はもう治まってる。
「そないなことゆわんと」
ミツが困ったように眉をひそめる。
差し出されたままの手拭を、沖田は仕方なく受け取った。
口元を拭うと、息をつく。
「汚しちまって悪かったな。新しいの買って返すよ」
沖田が小路から出て来たので、ミツが慌てて身体をズラす。
「いりまへん、そんな手拭くらい」
「そういうワケにゃいかねぇ」
「いりまへん」
ミツの頑とした口調に、沖田がため息をつく。
「祭り時になんでひとりなんだ?ツレは?」
「おかあはんと一緒やってん、はぐれてしもて」
ミツが困った顔で左右を見渡す。
辺りは人の波で、人探しは困難に見えた。
迷子になったら近くの番所にでも行くしかない。
ミツが息をつく。
「しゃあないわ・・もう帰ろ。おかあはんもウチを探すの諦めてるやろ」
「帰るんだったら送ってくよ」
沖田が通りを眺めながら言った。
「え?」
ミツが驚いて見上げる。
「だ・・大丈夫や、ウチひとりで帰れるし」
「大晦日の時みてぇに、オトコにカラまれるぜ」
沖田が目をやると、ミツの頬が染まってるのが提灯の灯に照らされて映った。
3
人波と逆方向に、沖田とミツが並んで歩く。
途中、すれ違う人の肩にぶつかるミツを、沖田がかばいながら歩いていた。
「京太は元気かい?」
沖田が訊くと、ミツが小さく頷く。
「うん、いま寺子屋で読み書き習っとんねん」
「へぇー」
久しく会っていない京太の顔を思い出す。
「沖田はん・・なんで壬生寺に来ぇへんようになったん?」
ミツの問いかけに、沖田がアッサリ答える。
「行ってるぜ」
「新選組の演習でやろ?以前は、しょっちゅう遊びに来てたやろ。サッパリ来んようになってしもて」
「・・・」
身体を悪くする前、非番の時いつも壬生寺で子どもたちと遊んでいた。
「京太がな、"沖田はんはナニやってもヘタクソのドベやから、逃げたんやろ"ゆうてたわ」
「はぁぁー?」
沖田が思わず立ち止まる。
「・・ヘタクソのドベ?」
眉間にシワを寄せる。
ミツもつられて立ち止まった。
「そやろ。凧揚げも駒回しも、面打ちも魚取りも・・ぜーんぶドヘタやったわ。京太に勝てたことなんかイッコもあらへんし」
ミツがズケズケ話すのを、沖田がややボーゼンとして聞いている。
「ウチも・・最初は子ども相手やから、わざと負けてるんかなぁ思たけど。だんだん分かってん・・この人、正真正銘のおミソやて」
「・・おミソ?」
沖田はショックを隠し切れない。
「子どもに負けてくやしいの分かるけんど・・オトコの人が勝負から逃げたらアカンわ」
トドメのセリフを指すミツを、沖田が呆気に取られた表情で見ている。
思い出していた。
自分が壬生村の悪ガキどもから子分扱いされて小突かれてるのを、ミツがいつも笑いながら見ていたのを。




