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第百六十話 祇園御霊会


 山崎が広島出張なので、環はひとりで金創術を習っている。

 ブタの皮を使って縫合の練習だ。


 (山崎さんが留守の間に誰かケガしたら、わたし一人じゃ対処出来ない)

 正直・・医者でもないのに、人の身体に針を刺して傷口を縫うなど怖くてたまらない。


 血が怖いのではない。

 素人が玄人の真似をすることに恐怖感を感じるのだ。


 江戸時代は医師免許は存在せず、誰でも医者の看板を揚げることが出来た。


 環は肝が据わっているが、同時に健全な倫理観を持っている。

 平成時代であれば、環のしていることは医師法違反だ。


 自分のしていることが許されない行為だという感覚がどうしても拭えない。


 フゥーッと息をついた環に、南部が声をかける。

 「どうした?環ちゃん。なんが悩みごとがね?」


 南部はいつでもニコニコしている。


 「いえ・・」

 環はふと思い出した。

 「そういえば・・今日はおミツさんは?」


 「ああ。おミツちゃんだば家さ戻っでらよ。祇園御霊会が始まったでな。しばらぐ通いになるべ。今日はもう上がっだ」

 ミツは住み込みで女中奉公をしているが、お祭りの間は通いの時短勤務になるらしい。


 「そうですか」

 環は少しホッとした。

 ミツと顔を合わせるのが、なんとなく気まずかった。

 

 (おミツさん、沖田さんのこと想って嫁かず後家になるんじゃ・・)

 「・・ぜったい勿体ないよ」


 ポロリと独り言をもらした環に、南部が声をかける。

 「どしたんじゃ?」


 「い、いえ。ごめんなさい。なんでもないです」

 慌てて手を振る。


 「環ちゃん、なーんがオモシれな」

 南部がクスクス笑っている。





 祇園御霊会(祇園祭り)は、6月の一か月間、催される祭りだが、元治の大火で多くの山鉾が消失し、経済的な影響もあって翌年は中止された。


 今年は開催されることになったが、規模はかなり縮小される。

 それでも、京の町の人にとっては待ち望んだお祭りだ。


 昼と夜に分けて行われる祭事の中でも、中盤から始まる宵山と山鉾巡行が一番のクライマックスである。


 祭りの間は新選組も見廻り強化するが、町民の心証を考慮して目立つダンダラの隊服は着用しないことにした。

 黒い羽織姿で、昼夜交代見廻りする。


 「環。おめぇ、お囃子は吹けねぇのか?」

 巡察に出る前、庭で洗濯してる環に永倉が訊いてきた。


 「祭り囃子は吹いたことないですねー」

 環が立ち上がって、う~ん、とノビをする。


 「チェッ、なーんだ」

 永倉が大げさに肩をすくめる。

 「せっかく笛あるのに、勿体ねぇな」


 篠笛は祭囃子の笛なのだ。


 「薫はなんか出来ねぇのか?唄とか太鼓とかさ」

 原田が洗濯物を干してる薫に訊いた。 


 「は?」

 薫がヒョイと首を曲げて振り返る。


 「カラオケは好きだけど・・アカペラじゃ」

 う~ん、と首をひねる。


 「からおけ?・・あかぺら?」

 永倉と原田が顔を見合わせる。

 

 すると薫が、思いついたようにつぶやく。

 「太鼓の達人だったら、鬼レベルフルコンボ出来る曲あるのにな」

 以前、アルバイトのお金を太鼓の達人につぎ込んでいた時期があった。


 「鬼レベルフルコンボ?すごいんじゃない?」

 環が感心した声を出す。


 「へぇー、薫。おめぇ、太鼓の達人だったのかよ」

 永倉が嬉しそうに食いついた。 

 

 「違います、本物の太鼓なんてたたいたことないし。太鼓の達人のフルコンボです」

 薫の答えに、永倉と原田が顔を見合わせる。

 「・・ぜんぜんイミ分かんねぇ」





 宵山が始まり山鉾巡行が終わるまで、夜の見廻りは特に強化される。

 沖田も見廻りに出ているが、夕方過ぎると日中よりも身体がダルくなる。


 夜半過ぎ咳き込むことが多く、屯所にいても隣り(薫と環の部屋と土方の部屋)に聞こえないように、布団にくるまって咳が治まるのを待ったりしていた。


 「山野、先行っててくれ。オレぁ、ちょっと寄るとこがある」

 沖田が声をかけると、山野が振り向いて頷く。

 「わかりました、沖田組長」


 一番隊の隊士が、沖田を残して先に行くのを見送って、脇にある細い小路に入る。


 喉の奥からこみ上げるように咳が出てくる。

 胸に鈍痛が走り、呼吸をすると余計に苦しい。


 「・・グッ・・ゲホッ、ゲホッ・・ゴホッ」

 手で口を押えて、背中を丸める。


 手の平に細い血の筋が走った唾液が着く。

 手の甲で拭くと、血が薄く着いて口元を汚した。


 「ゲホッ・・グッ」

 背中で大きく息をしながら、身体を屈める。


 すると、後ろの通りから声をかけられた。


 「あの・・どないしはりましたん?」

 若い娘の声だ。

 「なんぞ、お手伝いできることありますやろか?」


 「いや・・」

 口元を押さえながら、慌てて身体を起こす。


 「ゴホッ・・なんでもねぇ。すまねぇな」

 ゴシゴシと袖で口を拭う。


 ムリヤリ息を整えて振り返る。


 すると・・

 立っていたのはミツだった。


 「・・おミツちゃん?」

 沖田の口からつぶやきがモレると、ミツが驚いた声を出した。

 「沖田はん・・」


 通りには、すでに人波が溢れていた。





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