第百五十九話 発酵
1
藤堂は自分でもよく分からない。
自分がどうしたいのか・・。
尊王の思想が根本に叩き込まれてるので、新選組の在り方に不満があるのは確かだ。
尊王攘夷を掲げて旗揚げしたはずなのに、攘夷派と真っ向から敵対している。
公武合体派と武力倒幕派の対立だ。
藤堂の悩みは、吐き出す先が無い。
伊東は、藤堂を呼んで思想を滔々と語るが、意見を求めてくることは無い。
近藤を筆頭に、新選組の幹部は古い仲間であり大事な友だ。
伊東とは違う。
伊東を尊敬してるし思想に傾倒はしても、伊東個人や取り巻き連中に対し友情めいた気持ちは沸いてこない。
思想と友情。
2つの板挟みになって、どちらにも進めなくなっている。
竹を割ったような性格なので、自身のハンパさにイヤ気が差していた。
近藤や土方は『武士になりたい』という夢を果たす場所を得て、そこから動く気は毛頭無いだろう。
藤堂は違う。
もともとの武士であり、近藤や土方のハングリーさは持っていない。
ただひたすら『男らしく真っ直ぐに生きたい』と思っていた。
中庭を通って炊事場の前を通りかかると、薫と環が出て来た。
藤堂とバッタリ出くわす。
「おう」
声をかけると、2人が顔を上げる。
「どしたよ?浮かねぇツラして」
藤堂が訊くと、2人が目を合わせる。
「上手くいかなくて・・」
薫が息をつく。
環も首を傾げている。
それぞれお椀を手にしていた。
「なんだ?それ」
藤堂が訊くと、2人がお椀に目を落とす。
「ヨーグルト作ろうと思ったんだけど・・」
「わたしは石鹸・・」
「よぉぐると?せっけん?なんだ、そりゃ?」
藤堂が不思議そうに訊いた。
「・・いいもの」
薫がボキャブラリー貧困な説明をすると、藤堂が息をつく。
「そっか?なんか要るモンあったら買ってくるぞ」
薫と環が笑いながら頷く。
(こいつらといると、緊張感無くなるなぁ)
藤堂は2人に甘いのだ。
2
一二三と拾門は、大津の旅籠にいた。
宿場町なので身を隠しやすい。
一二三の腕の傷はかなり良くなっている。
「飯だ」
声と同時に障子が開くと、拾門がおむすびを載せた膳を持って入って来た。
「休んでろって言ったろ」
そう言って、膳を畳の上に置く。
「もう治ってるよ。拾門は大げさだから」
一二三は寝間着を脱いで着替えていた。
「それに」
上着の袖に手を通しながらつぶやく。
「拾門だってケガしたくせに。あの同心に何太刀か浴びせられたでしょ?」
「オレのは全部、浅かったからな。すぐ治ったぜ」
拾門があぐらをかいて座る。
「ふぅん、どうだかね」
一二三もあぐらをかいて座った。
2人で握り飯を食べ始める。
「かなり良くなったみてーだから、そろそろ移動するか」
拾門が食べながら口を開く。
「江戸に行けば、また仕事が舞い込んでくる」
拾門が続けると、一二三が口を挟んだ。
「江戸には行かないよ」
「一二三」
「江戸には行かない」
「・・んじゃ、どうするってんだ?東国か西国にでも流れるってのか?」
拾門が片膝を立てる。
「京から離れる気は無い」
一二三の言葉に、拾門が眉を吊り上げる。
「はぁ?ナニ言ってんだよ、オメー」
黙ったままの一二三に、拾門が続けて文句をつける。
「オレたちゃ、おたずねモンなんだぜ。新選組に追っかけられてんだ。京の町なんざ、うかうか歩けねーよ」
「・・新選組は中も外も敵だらけだよ。オレ達だけに人手は割けない。しばらくすれば捜索も打ち切られる」
一二三が淡々と続けると、拾門が口を挟む。
「・・なんでそんなに、京にいたいんだ?」
「・・・」
答えない一二三に、拾門が息をついた。
(もーヤダよー・・コイツ)
3
薫は思案している。
牛乳に酢を混ぜればヨーグルトに似た舌触りのものは出来る。
だが肝心の善玉菌は入ってない。
食の細い沖田のためにも、ヨーグルトを作りたかった。
(沖田さん、ヨーグルトとか好きそうだし)
勝手に決めつけてる。
自家製ヨーグルトは何度も作ったことがあるが、種になるヨーグルトは市販のものを使っていた。
全くゼロからヨーグルト作りをしたことがない。
(でも・・最初は何もないところからヨーグルトが出来たはずだから)
薫は考える。
確か・・納豆も偶然に出来たものだと聞いたことがある。
おそらくヨーグルトも偶然の産物と思われた。
発酵食品のほとんどが、『腐ったと思ったら美味しかった』というオチではないか。
(江戸時代の発酵食品っていったら・・)
薫は思案する。
(やっぱ、味噌・醤油がメジャーだよね。あとお酒か・・)
発酵食品の工程で最も重要なのは、厳正な温度管理である。
薫はプロの職人に頼んでみようかと考えた。
(人肌に温めた牛乳を、倉で温度管理してもらえないかな)
屯所には毎日、様々な業者が出入りしている。
米、豆腐、野菜、魚、味噌、塩、醤油、酒などを卸していくのだ。
出入りの業者に頼んでみようと思いついて、思わずガッツポーツが出る。
「よーっし!」
薫は上機嫌で炊事場を後にした。




