第百五十七話 御新造
1
ちょうどそこに、当の山崎が現れた。
入口の方からやって来るのが見えると、土方を先頭に一斉にそちらに向かう。
「山崎!」
土方が声をかけると、驚いたように顔を上げる。
「な、なんですか?みんな揃って。大助くんまで・・」
「おめぇ、女を付け狙ったってのはホントか?」
土方の詰問に、山崎が目を丸くする。
「はぁっ?・・なんですか?それ」
「・・違うのか?」
土方のトーンがやや下がった。
山崎はキモチ悪いものを見るように、周囲を見渡す。
「木屋町にある貸本屋の紙屋又兵衛が番所に申し出た。御新造がヘンな男に付け回されてるって・・毎日店に来て困ってると。調べたら・・新選組の隊士だと分かった」
大助の言葉を聞いて、みなの視線が山崎に集中する。
(注:御新造とは、武家や商家の若い奥方のこと)
「貸本屋?」
山崎がポカンとつぶやく。
「そりゃ、紙屋にゃよく行くけど・・」
山崎は見張りをする時に、よく貸本屋や古本屋を使う。
客に紛れていれば怪しまれないし、気に入れば本を借りるのでそのまま客になれる。
先日の騒ぎで土佐藩邸の周辺を見張っていたが、その時も貸本屋に入り浸っていた。
しかし・・女を付け狙うなどのエロイ話は全く身に覚えがないし、だいいち山崎は女に興味がない。
「お前に限ってとは思うがな」
土方がしぶい顔をする。
「悪いが、土方さん。山崎さんには番所で話を聞かせてもらうぜ」
大助の言葉を、土方が即座に却下する。
「ダーメだ。隊士の取り調べはオレがする」
「いや~・・っつっても~」
大助が困った顔で頬を掻くと、山崎がふと口を開いた。
「あ・・」
そういえば・・土佐藩邸からほど近い貸本屋で、客に紛れて本を選ぶフリをしながら藩邸の様子を探ってる時、店の女将らしき女がやけに話しかけてきた。
『よう来はりますな』『気に入ったんありましたら、遠慮のう』『なんぞ探してはりますのん』など愛想を振りまいて来たが、監察中の山崎は『はぁ』『まぁ』『ええ』などそっけなく相槌を打つだけだった。
「もしかして・・アレかな?」
山崎がポツリともらすと、土方が即座に食いつく。
「やっぱ身に覚えあんのか?てめぇ」
山崎は隊内でも『女に興味の無い御仁』で有名だが、『女に興味の無い男』など土方にとっては都市伝説でしかない。
「いえ・・あの」
土方に睨まれて、山崎は身動き取れない。
2
屯所の一室で、山崎の取り調べが行われた。
土方の隣りに、大助があぐらをかいている。
「要するに・・その御新造さんが山崎さんに岡惚れしたんじゃないんですか?」
大助は薄ら笑いを浮かべている。
山崎が思い出した話をつなげると、御新造が必死に山崎の気を惹こうとしてるのに完全スルーされて、『可愛さ余って憎さ百倍』になったものと思われる。
「番所の連中の話だと、貸本屋なんてカビくせぇ商売なのに、やけに艶っぽい美人らしいぜ」
大助はからかう目線を山崎に向ける。
この当時は、武家も商家も親の決めた相手と一緒になるの普通で、恋愛結婚などほぼ皆無だった。
その反動で不倫が横行し、姦通騒ぎもしょっちゅう起きていた。
山崎は首を傾げている。
どんなに頑張っても、その艶っぽい美人の顔を思い出せない。
山崎は背が高く細身で、端正な顔立ちをしている。
いい男がいい女のいる店に毎日通って来たら、何か起きると期待するのは無理もない話かもしれなかった。
「しゃーねーなー・・オレがその紙屋んとこ行ってナシつけて来らぁ」
土方がゲンナリ首を曲げる。
「土方さんが?」
大助が目を開く。
「ああ」
土方が不貞腐れたように息をつく。
確かに・・新選組の副長が直接出向けば、向こうも話を収めるだろう。
騒ぎにはなりたくない筈だ。
「土方さんが行ったら、御新造さん・・今度は土方さんに惚れちまうんじゃねーか?」
大助はクスクス笑っている。
「なに言ってやがる」
土方が苦い顔で立ち上がった。
「山崎、おめぇはしばらく外出禁止だ」
「えっ?」
濡れ衣を着せられ、しかも謹慎処分では山崎も割に合わないが、土方の命令には逆らえない。
「・・はい」
部屋から出る時に、大助がからかうように言った。
「山崎さん、アンタ見張りにゃ向かねぇよ。その男っぷりじゃ」
3
山崎が取り調べを受けている間、パチの犬小屋の前に永倉たちが集まっていた。
薫と環のエサやりを見物している。
パチは先日、子犬を産んだばかりだ。
(※パチはメスだったらしい)
「ったく・・行きずりの男にヤラれやがって~」
永倉が子犬に乳をやってるパチのそばにしゃがみこむ。
「・・そーゆー言い方ヤメてください。永倉さん」
環が、空になったパチの皿を片付けながらゲンナリ言った。
「子犬の里親探さねぇとなー」
原田が首の後ろに槍を載せて、伸びをする。
「壬生村の農家で、犬欲しがってるとこあるみてぇですよ」
沖田もしゃがみこむ。
「ところで・・山崎さん、どうなるんすかね?」
斎藤がボソリとつぶやく。
場が静まった。
「山崎さんがどうかしたんですか?」
環が立ち上がって訊くと、斎藤たちが顔を見合わせる。
「いや、山崎のヤツ・・紙屋の女将を付け回したとかなんとかでな」
永倉も立ち上がる。
「・・女付け狙うって、山崎さんじゃありえねぇ」
藤堂がつぶやいた。
「・・だよなぁー」
原田も同意する。
「女を付け狙う?・・それストーカーじゃないですか?」
環の表情が険しくなった。
「・・すとーかぁ?」
沖田が見上げる。
「山崎さんがストーカー・・?」
薫が、う~ん・・と首を傾げる。
「あると思います」
薫と環が同時に言った。




