第百五十四話 唐揚げ
1
その後、必死の捜索も空しく、2人の忍びの行方は分からないまま、捜索は打ち切られた。
隊士の闇討ち騒ぎはいったん収束したので、それに伴って薫と環の外出禁止も解除された。
近藤は周平との養子縁組を解消し、武田には監察方の見張りがついたままになっている。
薫の諜報活動は中途で打ち切りになって、もう丹波には行ってない。
以前と同じ、賄い方の仕事に戻った。
と言っても・・賄い方の人数がかなり増えたので、薫が作ってるのは主に幹部連中の食事である。
炊事場でしゃがんで釜の火加減を見ていると、戸がガラリと開いた。
ゴローが立っている。
手に、首を切り落とされた鶏をぶら下げている。
切り口には乾いた血がこびりついていた。
薫が思わず立ち上がる。
「・・なに?それ」
(・・黒ミサですか?)
「ナニって、ホラ。トリよ」
見ればわかるでしょ、と言う感じで、ゴローが鶏を前に突き出す。
その影からレンが顔を出す。
「あら、薫~。いたの?今日は活きの良いのを絞めたわよ」
シュウも鶏をぶら下げて、後ろでニコニコ笑っている。
屯所で飼っている生き物は、パチ以外は全部食用だ。
ブタは南部診療所で解体してもらってるが、鶏は自分たちでさばく。
樹に逆さにぶら下げて、血を頭に溜めて気絶させた状態で、頭部を切断する方法である。
(※この方法だと殺傷時の痛みを最小限に出来る)
ゴローたちが手にしてるのは、切断した頭部から血抜きをしたものだ。
屯所は西本願寺の一角にあるが、切腹やら解体やらの殺生しまくりで破戒行為が横行している。
坊さんたちも、たまったものじゃないだろう。
薫は料理人志望だが、精肉前の過程にはどうしても馴染めない。
(でも・・いつまでもそんなこと言ってちゃダメだよね)
薫が横目でチラリと見ると、ゴローたちは早速、熱湯をかけて殺菌処理を行っていた。
「さ。今度はこの羽、抜かなきゃ」
ゴローが腕によりをかけると、レンとシュウが答える。
「やるわよ~」
(そう言えば・・)
薫は思い出した。
この前、ゴローたちに唐揚げの話をしたら「今度作ってみましょうよ」ということになったのだ。
薫は息を吸い込む。
グチャグチャ女々しいことを言うのは止めて、腹をくくろうと決めた。
(見物してるだけの方が悪シュミだよね)
「あたしも手伝う」
薫が声をかけると、ゴローたちはちょっと驚いた顔をした。
(うん、そうだよ)
ひとつひとつの命に感謝して、心をこめて料理すればいいのだ。
2
「うんめぇ~!メッチャメッチャうめぇ~っ!」
絶叫してるのは藤堂である。
幹部が夕飯の膳を囲む部屋で、間に唐揚げが盛られた皿が置かれている。
(こんなに喜んでくれるなら、もっと早く作れば良かったな)
薫は戸口に座って、おひつの番をしている。
自分と環の分はいつも通り、コッソリ寄せてあった。
(冷めないうちに、環にも食べさせたいな)
その環は、源三郎の部屋に食事を持って行ってる。
唐揚げが盛られた皿は、土方と沖田の間にひとつ、永倉と原田の間、藤堂と斎藤の間にそれぞれひとつずつ置かれている。
唐揚げをめぐり、静かな争奪戦が水面下で起きていた。
それぞれ、不自然にならない程度に、しかし素早く箸を走らせ、1個でも多くゲットしようと互いに牽制し合っている。
土方と沖田の皿だけは、他の2組と違ってうまく分け合って食べ進めていた。
もともと沖田はさほど肉食ではない。
「沖田さん、いっぱい食べてくださいね」
お茶を出しながら薫が声をかけると、永倉が口をはさむ。
「なんだよ、総司だけかよ?」
「そうじゃないです。ただ、沖田さん少食だし」
言いかけた薫に、沖田がカブせる。
「食べてるよ。うめぇじゃん、このカラアゲっての。初めて食ったけどさ」
薫はホッと息をついた。
肉の臭みを消すために、生姜を多めに使ってある。
向こうでモメてる声がした。
「おい、オメェさっき食ったろ」
「なんだよ、あんな小っこいの食ったうちに入んねーよ」
藤堂と斎藤が、最後の1個にそれぞれ権利を主張しているのだ。
すると、原田が立ち上がって、ヒョイと皿を取り上げた。
最後の1個をつまんでパクリと口に入れる。
「これで一件落着」
そう言って、モグモグと飲み込む。
「左之さん・・」
藤堂と斎藤が、苦い顔で見上げる。
「ん?なんだ?文句あんのか?」
「・・・」
「食いモンぐれぇで、ガキみてーに騒ぎやがって」
土方が忌々しくつぶやくと、沖田がクスクス笑った。
薫も一緒に笑っていた。
(ほんと・・大っきいナリして、コドモみたい)
3
食事の片付けが終わると、薫は源三郎の部屋に向かう。
環はヒマがあれば源三郎の部屋で看病している。
父性の塊のような源三郎が、環は大好きなのだ。
「薫ですけど・・入っていいですか?」
声をかけてから障子を開けると、源三郎が起き上がって食事をしている。
そばに環が座っていた。
「あ、薫」
環が振り返る。
「すごいじゃない、鳥の唐揚げなんて」
満面の笑みである。
源三郎の膳は、ほとんど空になっていた。
「いや、ほんと。あんまりうまいもんだから、食べ過ぎたな」
フゥーッと息をついて茶をすする。
薫が環のかたわらに座ると、源三郎はニコニコ笑って湯呑を脇に置いた。
「2人が一緒にこの部屋に来てくれるなんて、うれしいね」
「えー、そーですか?」
薫と環がテレ笑いすると、源三郎がふと思いついた顔で腕を組む。
「そういえば、環ちゃん・・」
「はい?」
「環ちゃんは・・大助が苦手なのかい?」
「え?」
環が素っ頓狂な声を出す。
薫が不思議そうな顔で環を見る。
「いえ・・その・・はぁ」
環は小声で曖昧に相槌をついた。
「まぁ・・あいつは男所帯で育って、女の子との話し方なんか知らんからなぁ。気が利かんこと言ったりしたんじゃろ?」
源三郎は苦笑している。
「そんなことないです・・けど」
環が小声でつぶやくと、隣りの薫がツッコんだ。
「・・けど?」
「なんだか・・大助さんといると、こう・・首の辺りが痒くなってきて」
環が首に手をやる。
「・・首が痒く?それって、アレルギーじゃないの?」
薫が眉をひそめると、源三郎が不思議そうにつぶやく。
「あれるぎー?」
「わかんないけど・・」
環が首を傾げる。
源三郎と薫が環の言葉を待っていると、廊下から声がした。
「源さん、入っていいか?」
スラリと障子が開いて、そこに土方が立っている。
「お、なんだ。おめぇら、来てたのか?」
薫と環を見て、少し驚く。
環と薫が席をズラして空けたので、土方が源三郎のすぐそばに座る。
「どうだい、源さん。身体の調子は?」
腕組みををして、にこやかに笑ってる。
(へぇー・・源三郎さんには優しい顔するなぁ)
薫は横から盗み見する。
その隣りで環がコッソリ息をついた。
アレルギーの話が途中で終わり、ホッとしている。




