第百五十二話 土佐の谷
1
「ここでずっと考えててもキリ無いな。戻るか」
シンがつぶやく。
「うん」
そう言って薫と環が立ち上がりかけると、ふと思い出したようにシンがつぶやいた。
「そーいや、オレ・・平成時代に行ったことあるんだよな」
「え?」
薫と環が目を開く。
「へ、平成時代に?」
「うん。教授と一緒に2回・・ワームループの臨床実験でさ。今回の江戸は3回目の被験だった」
シンの言葉に、薫が食いつく。
「へ、平成に来て・・どこに行ったの?」
「別に・・平成なんて見るとこないだろ?一番つまんねー時代だもん。なんで平成なんか行くんだろって思ったし」
シンは小声でブツブツ言ってる。
「これって見たいモンもなかったけど・・まぁ駅とか大学とか回ったかな。教授と別行動で」
「つまんない・・時代?」
薫が訊き返す。
「ああ。東北地方だったら東日本大震災の痕跡とかあるけど、東京って・・これって歴史的事件ないし」
シンはつまらなそうな顔をする。
「平成時代に行きたがる学者なんていないよ。大和時代とか飛鳥時代とかさ・・戦国時代かな。江戸時代も人気あるけど・・幕末とか。ま、それもワームループが実用化してからの話になるけどな」
確かに・・平成は東日本大震災以外、学者が目を向けるようなものはないかもしれない。
わざわざタイムワープしなくても、メディアが発達し映像や文献が大量に残されてるので資料も事欠かない。
「だから・・環のスマートフォンを見た時、すぐ携帯電話だって分かったんだ」
シンがアッケラカンと話すのを、薫と環はいちいち驚きながら聞いていた。
「幕末が人気あるの?」
薫が訊くと、シンが頷く。
「うん、まぁ。200年続いた江戸幕府と鎖国体制が崩壊する時だしね。学者だけじゃなくて一般からも人気あるよ。土方歳三なんて、海外からラストサムライとか呼ばれてるし」
「ら、ラストサムライ?」
薫が繰り返す。
「うん。新政府軍に最後まで抵抗して、降伏せずに戦死しただろ?それがサムライ魂だって」
シンは世間話をするように続ける。
「それに、残ってる写真がカッコイイから。日本史のイイ男ランキングじゃ、土方歳三と白洲次郎が1位と2位を独占してるよ」
「はぁ・・」
環はポカンとしている。
「しらすじろう?」
薫が首を傾げると、シンが笑い混じりに答える。
「ああ・・この時代の人間じゃないから、覚えなくていーよ」
説明するのがメンドイらしい。
「じゃあ、戻ろうか」
シンがそう言って腰を上げると、薫と環も立ち上がる。
「暗いから気を付けろよ」
シンが先に歩き出す。
淡い月明りを頼りに、屯所の方へ戻り始めた。
2
数日経って、源三郎は順調に回復し起き上がれるようになった。
その後しばらく何も起きず、平和な日々が続いている。
沖田は翌日から隊務に復帰していた。
「総司」
縁側に源三郎が出てきている。
庭で汗を拭いてる沖田が振り返った。
「源さん。起きてていーんですか?」
「ああ。今日、良順先生が来て糸を抜いてくれることになってる」
源三郎はユッタリ微笑んでいる。
「そうですか」
沖田が安心したように息をつく。
すると・・源三郎が脇腹をかばいながら、庭に降りて来た。
「源さん、ムリしちゃダメですって」
沖田が慌てて駆け寄る。
「大丈夫だよ」
そう言って笑いながら、源三郎が背の高い沖田を見上げる。
「総司・・悪かったなぁ。ワシのせいで、お前や大輔まで危険な目に逢わせてしまった」
「源さん」
沖田が困ったように頭を掻く。
「もともと・・オレが遅れたのが悪ぃんだから」
「そりゃ、そうだ」
源三郎にアッサリ肯定されて、沖田がムスッとする。
「子どもみたいにムクれるな」
源三郎は笑っている。
「子どもじゃねぇですよ。ったく・・土方さんといい、もー・・」
沖田がフテくされると、源三郎が訊いた。
「トシがどうしたんだ?」
「べーつに。・・人を子ども扱いして」
沖田が面白くも無さそうに、手拭を肩に引っ掛ける。
「総司、トシにあまり心配かけるな」
源三郎が言うと、沖田が横を向く。
「どーゆーイミです?」
「トシの頭がハゲたらどうする」
源三郎はニコニコ笑っている。
「ダイジョーブですよ。源さんと違って、土方さん髪の毛フサフサだから」
「なんだと?」
沖田は軽く笑うと、息をついた。
「・・わかってますよ。オレも心配かけたいワケじゃねぇ」
沖田が低い声でもらすと、源三郎が手を伸ばす。
「わかってりゃいいさ」
そう言って、沖田の頭をグシャグシャ撫でた。
源三郎は沖田を息子のように可愛がっている。
3
土佐藩邸にほど近い旅籠の一室で、拾門と谷干城が向かい合って座ってる。
「おぼこいのぁ、どいたがじゃ?」
谷に尋ねられて、拾門が少し考える。
(・・一二三のことかな)
「宿に残ってるよ」
面倒くさげに答える。
「そうかえ。なんじゃ、のうが悪いんか」
谷は強い土佐弁を話す。
日本全国どこに行っても土佐弁が通じるとホンキで思ってる類だ。
(相変わらず・・5割方、ナニ言ってるか分かんねーな)
いつものことなので、拾門はテキトーに相槌を打つ。
「ああ、まぁ。そんなとこだ」
一二三は腕のケガが深く、町から遠く離れた空き家で休んでいる。
本人はどうとも思っていないが、拾門がムリヤリ休ませていた。
「谷さん」
拾門が速攻で本題に入る。
「悪いが、この仕事もう降りるぜ。メンが割れちまって・・うかうか町も歩けねぇんだ」
近藤の指示で、いまだに捜索隊が町をうろついている。
「あいつら、しつけーのなんのって」
拾門が腕を後ろについて、身体を反らせる。
「・・ほんで、どうしゅうがじゃ」
谷が腕を組む。
「しばらく京を離れる」
拾門が肩膝立てて、肘を載せる。
「おんしらぁ、おらんと・・だらしぃちや」
谷は残念そうな声だ。
「武市さんが生きとった頃からの付き合いじゃき」
「武市さんとは・・江戸にいた頃、情報屋としてちょっと付き合っただけだ。あの人は手駒を持ってたからな。オレたちみてぇなの雇う必要なかったんだ」
拾門は首をすくめる。
「アンタ、もともと学者だろうに。なんでこんな真似始めた?武市さんの弔いか」
「・・・」
「武市さんに切腹命じたのは、アンタの国の土佐藩じゃねーか」
拾門の挑戦的な言葉に、谷は黙ったままで答えない。
(思い込み深いってーか、信念強いってーか)
拾門は谷の顔をシミジミ眺めた。
「まー・・オレぁ、尊王攘夷とやらにはキョーミねぇ。もう、行くぜ」
そう言って拾門が立ち上がると、谷が顔を上げた。
「わしも国にいぬるといかんがじゃ。じゃが・・必ずまた京に来るきに。その時ぁ・・おんしらも来いちや」
「どーかな?縁があったらな・・あばよ」
拾門はほんの少し顔を向けると、そう言い捨てて部屋を後にした。
部屋にひとり残った谷は、腕を組んだまま微動だにせず佇んでいる。
谷干城・・土佐藩小目付役。
幕末から維新後まで、徹頭徹尾・・新選組の敵に回る男である。




