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第百五十一話 時間犯罪


 「それってつまり・・自分が生まれる前に自分の親を殺すってこと?」

 環が訊くと、シンが頷く。

 「そーゆーこと。・・どうなると思う?」


 「どうなるって・・」

 環の声が途切れる。


 『自分が生まれる前に親を殺したら、親を殺す自分が生まれてこないから、親は殺されず、自分は生まれてきて・・』

 というような無限ループに陥ってしまう。


 環が頭をグルグル働かせていると、隣りで薫が不思議そうな顔をしてる。

 「そんなの無理だよ。不可能じゃん」

 アッサリ言い切った。


 「うん・・そうなんだ。不可能なんだよ」

 シンが頷く。

 「未来という事象は過去の出来事の結果から起きてる。未来と過去は常に因果関係を保ち、互いに成り立ってる。相対的未来から原因である過去に干渉することは、理論上不可能なんだ」


 薫と環は黙って聞いている。


 「もしも過去の事象を改変した場合・・強引に辻褄合わせされるとも考えられてる」

 シンはユックリ説明する。

 「歴史を変えることによって未来が変われば・・それはすでに元の未来ではなく、パラレルワールド・・"あり得たかもしれないもうひとつの未来"になる。・・あくまで机上の空論だけどね」


 環がふと口を挟んだ。

 「"強引に辻褄合わせされる"って、どういうこと?」


 シンは視線を落とす。

 「例えば・・ある事故で死ぬ筈だった人を助けても、別の事故に逢って死んでしまうとか・・病気で死ぬ筈だった人を救っても、自害するとか・・」


 「そんな・・」

 薫がつぶやく。


 「歴史に名を残す要人じゃなくても、名もない市井の人であっても、運命を変えることにより波及が起きれば(※バタフライ効果)、とんでもないパラドックスが発生するかもしれない。オレたちタイムトラベラーは歴史への干渉はご法度なんだ」

 シンは地面の上に、木の枝で×印や○印を描いている。

 「ま、"織り込み済"ってパターンもあるけどな」


 「織り込み済?」

 環が訊き返す。


 「ああ・・未来からの干渉が、結果的に史実になってるケースだ。改変でなく、最初から確定されてたってことだよ」

 「最初から確定・・」


 「もともと・・タイムワープの開発は、歴史や考古学の学術的見地のためであって、個人の未来を有利にするためのものじゃない」

 シンの声がほん少し厳しくなった。

 「私的目的のタイムワープ・・つまり、時間犯罪を禁じたものがタイムパトロール法なんだ。アンダースンの小説からきた通称なんだけど・・施行されたばかりの法令だよ」


 初めて聞く話ばかりで、薫と環は驚いていた。

 山南の脱走をシンが積極的に止めなかった理由が分かったような気がする。


 「わたしたちは・・どうすればいいの?」

 環がつぶやく。


 江戸時代に迷い込んだ平成時代の人間は、いったいどうすればいいのか教えて欲しい。

 「もし、このまま元に戻れなかったら・・」


 「その場合は・・その時代の人間として生きていくしかない。ただし、結婚や出産はタブーだけど」

 シンが低い声で答えた。





 「え?」

 薫と環が訊き返す。


 「時間を超えた人間が違う時代で結婚して子どもを作れば、その影響は予想ができない」

 シンは淡々と続ける。

 「本来、生まれるべき人間が生まれてこないという矛盾が起きる可能性もある。・・別の相手と結婚する筈だった人と結ばれた場合だけど」


 薫と環は言葉が出なくなった。


 「だが、それが『織り込み済』だったら話は別だ」

 シンの口調が軽くなる。

 「未来の人間が過去の時代で子どもを作ることが、すでに確定した歴史的事象ならパラドックスは起きない」


 薫も環も、元の時代にいた時から結婚は夢見てなかった。

 ひとりで生きていくと思っていた。


 しかし、選ぶ権利があるのと無いのとでは、全く違う。


 どうしてこんなことになったのだろう。

 なぜ、自分たちは江戸時代にタイムスリップなどしたのか?

 それは、この時代に落ちてから、ずっと答えの出ない問いだ。


 「ねぇ・・」

 環が重い口調で訊いた。

 「わたしたち3人に共通点があったら、なにかヒントになるの?」


 「ヒント?」

 シンが訊き返す。


 「この時代に足止めされてる理由がなんなのか」 


 「・・なんだよ、それ」

 シンが不思議そうな顔をする。


 新選組の屯所に来て2人と話すようになってからも、これといって有益な情報は無かったのだ。


 環は俯いて、しばらく考え込んだ後に顔を上げた。

 「薫・・以前、親がいないって・・施設で育ったって言ったでしょ?」


 突如、思いがけない話をされて、薫が目を向く。

 「う・・うん。それがどうしたの?」


 「シンも・・親がいないって言ってたよね」

 環が見つめると、シンが頷いた。

 「・・ああ」


 「わたしも・・親がいないの」

 環が視線を落とす。


 「え?」

 薫が一瞬ポカンとする。

 「まさか・・だって、環のお父さん、お医者さんじゃない」


 「ホントの親じゃないの。わたし、施設から引き取られた養子なのよ。だから今の両親とは血のつながりはない」

 環は顔を上げた。

 「ごめんなさい。今まで言わなくて」





 「環・・」

 薫は驚きすぎて、上手く言葉が出てこない。


 逆に、シンは納得していた。

 以前、環がシンにおかしな質問をしてきた理由がようやく分かった。

 (親のいない子どもが3人か・・)


 「わたし・・神社で拾われたんだって。初めてそこに行って・・そこで、鳥居に引き込まれた」

 環の言葉を、薫が素っ頓狂な声で遮る。

 「あっ、あたしも!・・あたしも神社で拾われたって」


 「えっ!?」

 環とシンが同時に顔を上げる。


 「毎年・・拾われたっていう日に、そこの神社に行ってたんだけど・・そこで鳥居に引き込まれて」

 薫が眉を八の字にする。

 「これって・・偶然じゃなくて何かあるのかな」


 シンは考え込んでいる。

 (神社で拾われた?・・でも)


 「オレは違うぜ」

 シンが口を開いた。

 「オレは・・赤ん坊の時分、病院の前に置き去りにされたんだ。そこで保護されて・・院長の友人だった赤城教授が後見人になってくれたんだよ。教授は独身だから養子縁組してないけど。・・あの病院の近くには神社なんかねぇよ」


 薫と環は目を合わせる。

 神社で拾われたのは2人だけで、どうやらシンは違うらしい。


 わからない・・。

 自分たち3人はいったいなんなのか?


 それとも、江戸時代に落とされたのは薫と環の2人だけで、シンは巻き添えを食っただけなのか?


 (・・ますます分かんなくなってきた)

 シンは眉をひそめる。


 ひょっとしてこれは、仕組まれたことなのか?


 『ホーキングの再来』と呼ばれる赤城教授は、発明したワームループを使って時間犯罪を犯したのか?


 もしそうだとしたら・・理由はいったいなんだろう?



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