第百五十話 時間的逆説
1
「総司」
土方の表情が険しくなる。
「いいかげんにしろ」
「隊務は続けます」
沖田は視線を外さない。
薫は緊張感に耐え切れず、うつむいたままだ。
この時代、発症してしまった結核は根治できない。
対症療法としても、『栄養を取って風通しの良い部屋で安静にする』ことくらいである。
今の沖田の生活は真逆だ。
風通しの悪い道場で防具をまとい、汗まみれで打ち合いする。
町で騒ぎが起きれば、昼も夜もなく出動する。
しかも、もともと食が細い。
「今のまま続ければ・・病が重くなるだけだ」
土方が言うと、沖田が少し笑った。
「安静にしてりゃ、治るってモンでもねぇ」
「っ・・」
土方は言葉を飲み込む。
沖田の言う通りだからだ。
『安静にしても治らない』・・それが現実だ。
「・・ネーチャンが泣くぞ」
「・・・」
「オメェに何かあったら、オレは腹を切らねばならん」
土方が続けるのを、沖田が苦笑混じりに遮る。
「土方さん、オレぁもうガキじゃありませんよ。オレのために腹切るとか、冗談でも止めてくだせぇ」
土方は目をつむって息をつくと、立ち上がった。
「・・ったく」
沖田が見上げる。
「勝手にしろ。どうなっても知らねーぞ」
言い捨てて、部屋から出て行った。
薫がやっと顔を上げる。
沖田の横顔が目に入った。
整った顔立ちが・・さらに透明感が増し、見てるとなんだか不安になってくる。
「勝手言ってスミマセン。土方さん」
沖田がポツリとつぶやいた。
2
大助の手当を終えた環が、炊事場で手を洗っている。
大助は奉行所に戻った。
手当をしている間、大助が終始ニヤニヤしながら環の手元を見ているので、気が散って仕方無かったことを思い出す。
「環」
声をかけられて振り向くと、薫が立っていた。
「源三郎さん、助かったんだね」
薫が炊事場に降りて来る。
「うん」
コクリと頷いて、環は手拭で手を拭いた。
「良かった」
言いながら、薫の表情は暗い。
「どうしたの?」
環が怪訝そうにノゾキ込む。
「・・沖田さんって・・あとどのくらい生きられるのかな?」
薫の言葉に、環が驚く。
どの隊士がいつ死ぬかということは、今まで、薫と環とシンの間では禁句のように出てこなかった話題だ。
シンが隊士の死を予告したのは、今まで山南ひとりである。
「・・分からないよ。だって、わたしが知ってることなんて・・」
言いかけて、ハタと口をつぐむ。
「ダメだよ、薫。ここでそんな話ししたら」
薫は黙ったままだ。
「助けられないのかな?」
目に涙が浮かんでいる。
「・・・ムリだよ。抗結核薬の開発はまだ先だし・・それに」
環が言いかけて、言葉が途切れた。
(もし・・沖田さんが非結核性抗酸菌症だとしたら、抗結核薬自体あまり効かない)
「例えばさ・・誰かが元の時代に戻れたら・・」
薫が諦めきれないように続ける。
「それで、薬を持って来れたら・・そしたら」
「それは・・タイムパトロール法に抵触する」
いきなり後ろから声がした。
薫が驚いて振り向き、環が顔を上げると・・板の間にシンが立っていた。
3
「シン!」
「こんなとこで何ヤバイ話ししてんだ・・誰かに聞かれたらどうすんだよ?」
シンは眉をひそめる。
薫が見上げる。
「タイムパトロール法?・・なにそれ?」
「・・・」
シンンが横を向く。
「ここじゃ話せない。場所を変えるか」
そう言って歩き出した。
薫と環も慌ててついていく。
建物の外に出て、広い敷地を歩くと、奥の樹の下に3人で座り込む。
まだ月灯りが残っていた。
「それで・・」
薫がさっそく口を開く。
「タイムパトロール法ってなんなの?」
「そうだな・・順を追って説明しないと・・」
シンが言いかけたところに、薫が遮る。
「お願いだから、簡単に説明して」
シンが息をつく。
「タイムパラドックスって知ってるか?」
「聞いたことあるよーな・・」
薫が首を傾げる。
すると環が口を開いた。
「過去にタイムスリップした人が、歴史を変えることによって未来が変わってしまうこと?」
シンが頷く。
「うん。未来が変わるより、それによって矛盾が生じることを指すんだ」
「矛盾?」
薫が訊き返す。
「ああ」
シンが木の枝を拾う。
「一番有名な例だと、"親殺しのパラドックス"とか"自分殺しのパラドックス"っていうのがある」
「親殺し?」
環が思わず眉をひそめる。
「そう。"過去に行って自分の親を殺したらどうなるか?"っていう、"卵が先か鶏が先か?"みたいな例え話なんだけど」
シンが説明を始めた。




