第百四十九話 忍者
1
「大助」
沖田が起き上がろうとするのを、大助が遮る。
「いいから寝てろって」
沖田は迷った顔をした後、息をついて布団に横たわった。
「・・助かったのか?源さん」
「まぁ、まだ分かんねぇけどな・・思ったより深いキズじゃないらしい」
大助が薫の隣りにあぐらをかく。
沖田は黙って天井を見つめた。
「しっかし・・あいつら、おかしいんじゃねぇか?」
大助が腕を組む。
「なんで、オレたちにトドメ刺さずに消えた?その機会はあった筈だ」
薫は黙って聞いている。
「それに・・オッサンをわざわざ生かしておいた理由も分からねぇ。なんでとっとと殺っちまわねぇ?」
大助が首をヒネる。
「・・知らねーよ、んなこた」
沖田が目をつむる。
「時間をかけりゃ命取りになるだけだ。なのに・・」
大助がアゴに手をやる。
「どーも・・・なぶられた気がしてならねーな」
沖田は黙ったままだ。
頭の中で、闇に溶けるような一二三の動きが蘇る。
「オレも忍びとやりあったのは初めてだ」
大助が笑い混じりにつぶやいた。
「やりずれーのなんのって」
「やっぱり、忍者って手裏剣とか使うんですか?」
薫がミーハーな興味で訊くと、大助がおかしな顔をする。
「ニンジャってなんだよ?」
「え?あの・・し、忍び?」
(忍者って言わないのかな?)
大助が顔を傾げる。
「手裏剣は・・2度くれぇ飛んできたが、現場にゃ残ってなかったな。持って帰ったんだろ」
「持って帰った?」
薫が目を開く。
(けっこうマメなんだな、忍者って)
薫がTVで見た忍者は、黒装束で四方八方からバシャバシャ手裏剣が飛んでくるイメージだが・・ぜんぜん違う。
鉄は貴重品であり、手裏剣は小さい割に重い。
たくさんは持てないし、基本はリサイクルである。
しかも忍びは、戦った痕跡をほとんど残さない。
「来た時よりも美しく」が徹底しているのだ。
「与力同心にゃあ、先祖が忍びってヤツも多いがな。現役は初めてだぜ」
大助はけっこう面白がっているようだ。
するとそこで障子が開いた。
「総司、目が覚めたのか?」
土方が立っている。
2
「土方さん」
沖田が今度こそ起き上がる。
「いいから寝てろ」
土方に言われるが、起きたままで訊いた。
「源さんは?」
「ああ・・だいぶ落ち着いたみてぇだ」
言いながら、大輔の横に座る。
土方の言葉を聞いて、沖田が安心したように息をつく。
「おめぇは大丈夫なのか?」
土方が訊くと、沖田は笑いながら答える。
「煙でムセただけなんで」
嘘だ。
熱も下がっていない。
「・・・」
土方は少し黙った後で、大助の方を向いた。
「おめぇは、まだ手当てしてねぇのか?」
「オレはなんともねぇんで」
大助がアッサリ答える。
(ウソばっかり)
薫は心の中でつぶやいた。
大助の着物はあちこち破れ、ところどころ血が固まった痕が残っている。
土方は目をつむって息をついた。
「いいから・・向こうの部屋で手当てしてもらえ。んなボロボロの恰好じゃ目立ってしょうがねぇ」
大助は小さく舌打ちすると、シブシブといった感じで立ち上がった。
大助が部屋から出ると、土方が沖田の方に向き直る。
「総司。おめぇ、しばらく隊務を休め」
沖田が目を開く。
「このまんまじゃ、病気が悪くなるだけだ。近藤さんにはオレから言う」
土方が淡々と続けるのを、薫はいたたまれない気持ちで聞いていた。
「イヤですね」
「なんだと?」
「土方さんの命令でも、それだけは御免こうむります」
沖田が土方を見つめ返す。
3
大助が玄関で上履きに履き替えていると、後ろから声がする。
「井上さん?どこ行くんですか?」
環が立っていた。
手にはお湯を入れた桶を抱えている。
「ああ」
大助が立ち上がって振り返る。
「オレぁもう帰る。源のオッサンが目ぇ覚ましたら、よろしく伝えてくれ」
「ダメです」
環が玄関に降りてくる。
「手当しなきゃ。ケガしてるのに」
「ああ?」
大助は自分の着物を見下ろす。
「こんなもんカスリ傷だ。わざわざ手当するほどの」
言いかけたところで、環に制止される。
「ダメです!」
整った顔立ちの環に下からグッと見つめられて、大助は少し固まった。
環の目力がハンパ無い。
ゴロツキや名うての悪党に睨まれても全然ヘーキだが、美少女に睨まれるとどーにも逆らえない。
結局、環に袖をグイグイ引っ張られて、屯所の部屋に戻された。
源三郎が寝ている部屋の隣りで、環が準備をする。
良順は源三郎についてるので、環が手当する。
「着物を脱いでもらえますか?」
環に言われて、大助が考え込む。
「・・?」
環が訝しげな顔をすると、大助がつぶやいた。
「なんか・・若い娘に"脱いでください"なんて言われると、妙な気分になっちまうな」
大助の言葉を聞いて、環が耳まで真っ赤に染まる。
「そーゆーイミで言ったんじゃありません!」
「わーってるって」
諦めたように大助が着物の衿を開いて、袖から両腕を抜く。
上半身がむき出しになると、肩や腕や首にも傷があった。
血は止まって固まっている。
環は思わずうつむいた。
顔が赤くなっている。
新選組の隊士以外の男性に接することが無いし、大助と喋るとなんだか調子が狂ってしまう。
(ちゃんとしなくちゃ)
環はキリッと顔を上げると、いつもよりテキパキと手を動かし始めた。




