第百四十八話 金創
1
「手を貸せ」
土方に呼ばれ、山野が膝をついて源三郎の身体を支える。
「副長、オレが運びます」
山野が源三郎の身体を担ごうとするのを、土方が止める。
「いい。オレが背に担ぐから、手ぇ貸せ」
土方が源三郎をおぶって立ち上がると、背中にジンワリと血が染みてくる。
振り返ると、沖田はまだ咳が止まっていない。
「大助。オレたちは源さん連れて戻るから、総司を頼む」
土方が声をかけると、大助が立ち上がる。
「おう」
大助はもう咳は止まっている。
「ゲホッ・・・グッ・・」
沖田の口の中に、鉄を舐めたような血の味が広がる。
血痰が出ていることは分かったが、暗闇で見えない。
そこだけは、沖田にとって好都合だった。
「・・グッ・・」
痰の塊を砂利に吐き出して、ようやく咳が止まった。
「おい・・大丈夫か?」
大助が沖田のそばに片膝をつく。
「ああ・・」
言いながら、袖で口元をぬぐう。
沖田がユックリ立ち上がると、大助が沖田の腕を取って自分の肩に載せる。
「いらねーよ」
沖田が払おうとするが、大助がさらに強く腕を掴む。
「足元フラついてるぜ。途中でコケられても困るからな」
「チッ」
沖田は抵抗するのを止めた。
大助の肩を借りる形で、さっき来た参道を2人一緒に戻っていく。
2
屯所の一室に床をしつらえて、源三郎が横たわっている。
至急で呼び出された良順が、枕元で自前の道具を広げる。
源三郎は着物を切られて、脇腹の傷口がむき出しになっていた。
「出血がひどいですね」
環が傷口をノゾキ込む。
山崎は監察で出かけていて、部屋には良順と土方と環の3人だけだ。
会津本陣から急ぎ戻った近藤は、血相を変えて下手人捜索の陣頭指揮を執っている。
「傷は浅い。刺されたってんじゃなく、斬りつけられたカンジだ」
良順がつぶやく。
刀傷を受けた時に生死を分けるのは、「骨まで斬られていないか」と「血が止まるか」の2点にかかる。
源三郎の傷は骨には達していない。
あとは、血が止まるかどうかだ。
良順が金創手術の準備を始める。
「悪いが、環ちゃん。助手を頼む。南部のやつ、今日は早々に酒飲んじまって、連れて来れなかった」
「はい」
環が頷く。
緊急事態だ。
『金創が苦手』など、タワゴトを言うつもりは無い。
「先生、助かりそうか?」
土方が物憂い声でつぶやく。
「まぁ、そう焦りなさんな」
良順が手を動かしながら、顔も上げずに答える。
風呂敷の中に、和紙で包まれた薬が数種類覗いている。
良順は、その中のひとつを開くと、中から黒い丸薬を取り出す。
「源さん。おい、聞こえるか?」
良順が源三郎の頬を平手で軽く叩く。
「・・う・・う・」
源三郎がうめき声を上げながら薄目を開ける。
良順が、源三郎の口に丸薬を入れる。
「これを、飲み込んでくれ」
お椀の白湯を源三郎の口のユックリ流しこむと、コクリと飲み込まれる音がする。
「今のは?」
土方が不思議そうな顔を向けると、良順が曖昧に微笑む。
「痛み止めさ」
良順が源三郎に飲ませたのは、阿片の丸薬だった。
3
沖田は部屋の布団に寝かせられていた。
薫が枕元に座っている。
沖田の口元に残っている血の痕を見つめていた。
(・・また、血を吐いたのか・・)
沖田を見ると時々辛くなる。
ジンワリ涙がこみ上げてきた。
グスンッと鼻水をすする。
すると・・沖田が薄目を開けた。
「あっ・・沖田さん、気づきました?」
薫がノゾキき込むと、沖田は天井を見渡した後、薫の方に目を向ける。
「・・ナニやってんだ?オメェ」
「なにって・・沖田さん、屯所に着いてすぐ倒れたんですよ」
沖田が上半身を起こそうとするのを、薫が止める。
「ダメです!寝てなきゃ、熱が出てるのに」
薫に押さえられて沖田は一瞬静止したが、諦めたように息をつくと布団に倒れ込む。
薫はホッと息をついて、煎じ薬の入ったお椀を手に持った。
「はい、お薬です」
沖田はチラリと横目で見てから、ボソリとつぶやく。
「それ・・苦いからヤダ」
(・・小学生かよ、テメーは・・)
薫はややキレている。
「沖田さん・・たわごと抜かすのヤメテください」
お椀をズイッと差し出す。
「チッ」
舌打ちをすると、沖田が頭をやや持ち上げて、お椀に口をつける。
薬を飲み切ると、顔を上げる。
「源さんは?」
「いま、良順先生が診てます」
薫の言葉と同時に、障子がスラリと開いた。
大助が立っていた。
「目が覚めたか?総司。源のオッサンも無事に手当て終わったぜ」




