第百四十七話 闇夜
1
月が雲に隠れると、暗闇の中、気配だけを察して立ち回ることになった。
完全な異種試合である。
沖田も大助も、剣の腕前なら天才級だが・・相手は忍びだ。
独鈷を始め、あらゆる飛び道具を使いこなす。
身軽この上ない身体は、剣先をヒラリとかわして闇に消える。
忍びの技は暗殺術だ。
この闇は・・忍びという存在そのものように深くて暗い。
風を切る音とともに、左右から飛んでくる篭目が、沖田と大助の手足をかすめる。
いつの間にか、沖田の腕から血が流れていた。
「チ」
舌打ちする。
飛んできた篭目を大助が剣で弾くと、直後に鎖が剣に巻き付き、そのまま力較べになった。
「アンタ、新選組じゃねぇだろ・・ナニモンなんだ?」
拾門の声が響く。
大助が不機嫌に答える。
「奉行所の役人だよ。神妙にお縄を頂戴しやがれってんだ」
「へぇー・・同心にも腕のあるヤツがいたのか」
「役人ナメんじゃねーぞ。このクソばか野郎」
そう言った瞬間、大助が剣を持つ手を緩め、鎖が巻きついたままで刀が落下する。
もう一本の剣を鞘から抜いて、真っ直ぐに突っ込んだ。
正面から斬り込んだ大輔の剣を、拾門の独鈷が受け止める。
雲間から月灯りが差し込んでくると、互いの姿が見えるようになる。
「ちゃっちゃと、ケリつけねぇとな」
大助が、拾門と間近で向かい合ったままつぶやいた。
2
沖田は一二三と距離を保ったまま向かい合ってる。
「袖・・破れてるよ、オニーチャン」
一二三のクスクス嗤う声が響く。
月を背にしているので、表情は見えない。
「カンケーねぇだろ、ほっとけよ」
沖田が剣を構え直す。
すると、一二三の身体がグラリと傾き、いきなり至近距離に現れた。
独鈷が目に刺さる直前に、刀で受ける。
沖田は一歩下がって、勢いよく弾き返す。
(なんなんだ、こいつの動き)
呼吸を整え、首を軽く振る。
(忍びだろーがナンだろーが、カンケーねぇや)
「参る」
低い位置から突っ込むと、沖田の剣と一二三の独鈷が続けざまに打ち合った。
「悪くないなぁ」
一二三の愉しげな声が聞こえる。
「サイコーかも」
「いちいち・・いちいち・・うるせーんだよ」
沖田が素早い剣さばきで攻めるが、一二三は寸前でヒラリとかわす。
しかし・・何太刀目かに、沖田の剣が一二三の頬をかすめた。
さらに次の太刀で、腕を切りつける。
一二三は身体の痛みに無頓着なので、腕から血を流したまま、全く変わらず動き続ける。
腕は真っ赤に染まっていた。
「一二三!」
拾門の声が響く。
拾門が首に下げた筒の栓を、噛みついて引き抜く。
大助が突如、咳き込んだ。
「ゲホッ、ゲホッ、うっ・・なん・・だ?こりゃ」
3
目から涙、鼻から鼻水、口からはひっきりなしに咳が出て、大助は戦闘不能になった。
風下にいた沖田も、咳が出てくる。
持病もあって、大助よりも激しい咳き込みになった。
刀を地面に突き刺して、膝をついて咳き込み続ける。
「拾門」
腕から血を流したまま、一二三が不快気な声を出す。
首に巻いた布で、鼻の上まで覆っていた。
「もういーだろ?十分、楽しんだじゃねーか」
拾門も首に巻いた布で顔の半分を覆ったまま、独鈷を腰の裏に差し込む。
「ズラかろうぜ。お前、腕が・・」
拾門の言葉を、一二三が遮った。
「人が来る」
2人が門の方に顔を向けると、向こうから大勢の気配がする。
「新選組か・・」
「総司、大助!どこにいる!?」
土方の声だった。
隊士を引き連れた土方が参道を抜けて来ると、塀の上に月を背にした2つの影がある。
立ち姿の隣りに、片膝をついた影があった。
「土方歳三・・新選組、鬼の副長」
立ち姿から声が聞こえる。
「何モンだ・・?テメェら」
土方の声が低く響く。
「流れ者だよ」
片膝をついた影がクスクス嗤う。
「次はアンタの首もらいたいね」
立ち姿が笑いを含んだ声でそう言うと、2つの影が塀の上から消えた。
土方がすぐに隊士に指示する。
「追え!逃がすな!」
目の前で、膝をついて咳き込む大助に走り寄る。
「おい、大丈夫か?」
「ゲホッ・・ヘンなモンかがされちまって」
大助が答える。
「それより・・あっちに源のオッサンが・・」
「源さん!」
土方が走り寄ると、源三郎が砂利の上に横たわっている。
「源さん、おい!大丈夫か?」
抱き起こす土方の手に、ヌルリと血の感触がした。
見ると・・砂利の上に血溜まりができている。
「源さんっ!しっかりしろ!」
土方の声が暗闇に響く。




