第百四十六話 月灯り
1
暗くなった拝殿で、拾門と一二三は柱に寄りかかって黙ったままだ。
暗闇に慣れている2人は、月灯りで充分だ。
「そろそろ来てもいい頃なんだけどな・・」
一二三がつぶやく。
拾門は息をついた。
源三郎を運ぶ時、一二三がわざとお守りを抜いて小路に落とした。
いつものことである。
薫に接触した時も、わざわざ本名を名乗ったりしている。
一二三は危ないことを好む。
石橋を叩いて渡るより、吊り橋を炙って綱渡りするタイプなのだ。
軽業小屋にいた時も、命綱をつけずに危険な荒業ばかりやっていた。
一二三にとっては、命を守ることも、命をかけることも、命を奪うことも、同じ軽さであるようだった。
源三郎の脇腹からは、血が流れている。
さっき、一二三に浅く刺された。
座ったままで、頭が前に下がっている。
「早く来ないと・・オジサン死んじゃうよ」
「一二三・・もうズラかろうぜ」
拾門がイラついた声を出す。
「ほっといたって、もうすぐ死ぬって」
一二三は答えない。
「追手が来たら、面倒な立ち回りしなきゃなんなくなるぞ」
拾門が少し声を高くする。
「いいか・・これは仕事だ。遊びじゃねんだよ」
「仕事は楽しむことにしてるから」
一二三はクスクス笑っている。
「それに・・ついでに大物が釣れるかも」
拾門は息をつく。
諦めるしかない。
いつもこうなのだ。
2
「人ひとり抱えたままじゃ、そう遠くにゃ行けねえだろ。人目に立っちまう」
大助がつぶやく。
額に汗が滲んでいる。
「ああ」
「ここら辺で、人を運び込めるっつったら、そんなに数もねぇはずだ」
大助が辺りを見渡す。
お守りを拾った小路から抜けると、人気のない通りに出た。
空き家や小屋を順番に当たってみるが、それらしき影は無かった。
このまま進むと袋小路になって、先にはもう何もない。
突き当りに鳥居があって、古い神社がある。
人影はない。
「あとはもう、ここだけだ」
そう言って、大助が先に鳥居をくぐる。
真っ暗な参道を2人で進むと、拝殿の扉がほんの少し開いている。
大助と沖田が目を合わせる。
2人で扉の左右に背中をつける。
頷くと同時に、勢いよく扉を蹴り割って中に入る。
すると・・奥で、拾門と一二三が腕組みをして立っている。
足元には、柱にもたれ頭を下げて座ってる源三郎の姿があった。
「源さん!」
沖田が声をかけると、源三郎の身体が滑るようにズルリと横に倒れる。
「新選組一番隊組長、沖田総司」
暗闇に一二三の声が響く。
「鈴・・いや、薫のオニーチャン」
3
「・・また会ったな、ガキ」
沖田が鞘から剣を抜く。
「今日は仲間と一緒か」
「オッサン!」
大助が倒れてる源三郎に声をかけるが、反応がない。
「こんの・・クソッタレ」
大助が剣を抜く。
「2対2か、ちょうどいいや」
拾門が腰の後ろに手を回す。
「どっちだ?オレの相手は」
「オレだよ」
大助が剣を構える。
「んじゃ、オニーチャンはオレとだね」
暗闇に一二三の楽しげな声が響く。
「ニーチャン言うな、クソガキ。ここじゃ狭すぎる、表出ろ」
そう言って、沖田が飛び出すと、大助も後に続いた。
拾門と一二三も飛び出す。
月灯りの参道で構え合った。
「早くしないと、あのオジサン死んじゃうよ」
一二三の言葉が、口火を切った。
「うるせぇよ」
言うなり、沖田が斬り込む。
「行くぜ」
同時に大助も斬り込んだ。
月灯りの下、2つの剣と2つの独鈷が交わる音が響き合う。




