第百四十五話 鼻緒
1
一二三と拾門は、源三郎の後ろを離れてついていく。
「金魚のフンはくっついてないみたいだね」
一二三が小声でつぶやく。
「ああ・・オッサン、ホントにひとり歩きらしいな」
拾門もつぶやく。
「どこで引っ張る?」
拾門の問いに、一二三が低い声で答える。
「もうすぐ・・せまい小路と交わるところがある」
一二三が足を速める。
「あの・・スミマセン」
さりげなく横に並んで声をかける。
源三郎は一瞬ギョッとしたが、一二三の邪気の無い笑顔につられるように、足を止めた。
「この辺りに、鼻緒を直してくれるところはありませんか?」
鼻緒の切れた草履を手にして、足は足袋しか履いていない。
「お、そりゃ大変だ。鼻緒ならワシが直してしんぜよう」
親切者の源三郎が、袖から取り出した手拭を引き裂いてこより始める。
立ちんぼしている一二三に、通行人の肩がぶつかる。
「ここじゃ、ちとジャマになるなぁ。こっちへ・・」
そう言って、源三郎が自ら人気のない小路へ誘った。
足元にしゃがみ込む源三郎を、一二三が無表情に見下す。
狭い小路の向こうから歩いてくる人影があった。
「よし、これで大丈夫じゃろう」
そう言って立ち上がった源三郎の首に、後ろから手刀が振り下ろされる。
拾門の一撃で、声も上げずに源三郎が倒れた。
その身体を、一二三が支える。
「さて・・仕事だ」
拾門が源三郎の身体を受け取ると、脇に抱えた。
2
見廻りから戻った沖田は、門の警備から伝言を聞くと、すぐに隊服を脱いで後を追った。
「ひとりで出掛けるって・・ったくもー」
走りしながら、小言をもらす。
「これだからオッサンはせっかちでいけねぇや。大助なんか待たせときゃいーんだって」
その頃・・約束した飯屋の前に井上大助が着いていた。
いつもは必ず先に待ってる源三郎の姿がないので、店の中に入ってみる。
中を見ても見当たらないので、また外に出る。
通りを見渡しても・・右も左も、源三郎らしき姿は無かった。
そろそろ日が暮れかかっている。
着物の袖に手を入れて、しばらく考え込んでいたが、思いついて屯所の方に歩き出す。
イヤな予感がした。
その時・・当の源三郎は、通りからさほど離れてない神社の境内で縛り上げられていた。
「おい」
拾門が声をかけると、源三郎の首を軽く手刀で叩く。
「ん・・う?」
意識が戻り薄目を開くと、さっきの少年が目の前に立っている。
「目が覚めた?新選組六番隊組長、井上源三郎さん」
一二三が声をかける。
その一言で、源三郎は自分が置かれた状況を把握した。
「・・世も末じゃのう。こんな可愛い童が忍びだったとはな」
源三郎の声は明るかった。
後ろ手に縛り上げられている上半身を、なんとか起こして座り直す。
「うんしょっと。・・ワシを殺すんか?」
「そのつもりだけど・・」
一二三が横を向く。
「ただ殺しちゃツマラナイでしょ?それにオジサンいい人みたいだから」
「一二三」
拾門が遮るように声をかける。
それをムシして、一二三が続ける。
「もう少し、楽しませてもらうことにした」
3
屯所から飯屋に走ってきた沖田と、飯屋から屯所に向かう大助が、角を曲がったところでぶつかりそうになった。
「お、総司!」
「大助?」
お互い顔を見合わす。
「オッサン・・一緒じゃないのか?」
「源さん、来てない?」
異口異音である。
「まさか・・」
大助がつぶやく。
沖田が眉をひそめる。
「屯所からはとっくに出てる。探さねぇと・・見たやつがいるかもしんねぇ」
廻り方の大助も市中見廻りをしている沖田も、探索は得意だが・・いかんせん町中での人探しは困難を極める。
ただ・・ハッキリしてるのは、源三郎が消えたのは屯所と飯屋の間に違いないことだった。
範囲が狭いことが救いだ。
2人は、いま来た道をそれぞれ聞き込みしながら引き返すことにした。
しばらくすると、大助が沖田のところに走って来た。
「総司!」
「なんか分かったか?」
振り返った沖田に、大助が手を差し出す。
「これ・・」
手の平に、源三郎がいつも帯に挟めているお守りが載っている。
「向こうの小路で拾った」
沖田はお守りを受け取ると、ユックリ握りしめる。
「番所に使いを頼んだ。新選組の屯所にゃもう報せたぜ」
大助が腰に手をあてて、息を整える。
そうとうアチコチ走り回ったらしい。
「んじゃ・・行くぜ、大助」
沖田が懐にお守りを入れると、大助が顔を上げる。
「おう」
2人は通りに姿を消した。




