第百四十二話 オンナノコ
1
「さらうって・・料亭で?・・環を」
薫が呆然とした声を出す。
環が頷いて答える。
「・・わたしたちと同じ年くらいの、女の子みたいな顔した男の子でしょ?」
コクリと薫が頷く。
「・・丹波にも現れてたんだ」
環は一瞬考え込んで、すぐに振り返る。
「土方さんは知ってるの?」
薫は小さく頭(かぶり)を振った。
「言った方がいいよ、すぐに」
環に促され、薫は重い足取りで土方の部屋に向かった。
「なんだと・・?オメェ・・なんでさっき、その事言わなかった?」
土方が眉をひそめる。
薫はうなだれていた。
「知らなかったから・・」
息をつくと土方が立ち上がる。
廊下に出て声を上げた。
「おい、誰か。山崎を呼べ」
振り返って障子を閉めると、薫の前にしゃがみ込む。
「オメェ・・ひょっとして、そいつに惚れてたのか?」
「そんなんじゃないです!」
思わず顔を上げて首を振る。
「でも・・せっかくトモダチになれたから」
薫の声はドンドン小さくなる。
「やめとけ、相手は忍びだ。オメェなんぞの手に負えるタマじゃねぇ。隊士を殺ったのも、おそらくそいつらだろう」
そう言って、また立ち上がる。
すると・・廊下から声が聞こえた。
「副長、お呼びですか」
山崎だ。
「入れ」
土方の声でスラリと障子が開く。
薫を見て、山崎が少し驚く。
いると思わなかったらしい。
土方が自分の席に座り直した。
「こっちの動きが読まれてる」
2
「なるほど」
山崎は薄々分かってたような顔だ。
「情報を流してるヤツが隊内にいますね・・幹部の中に」
「ああ」
土方が頷く。
部屋には、土方と山崎の2人だけだ。
薫は自分の部屋に戻っている。
「伊東か、武田あたりか」
土方がつぶやく。
「おそらく・・観柳斎かと」
山崎が声を低める。
「決め手でもあるのか?」
「ありませんね」
山崎がごくアッサリ答える。
「残念ですが」
土方が息をついて、頭を傾ける。
山崎のシンプルさは分かりやすくて良いが、アッサリし過ぎて拍子抜けする時がある。
「一力に現れたのも・・最初から環を狙ってたのかもしれねぇ」
土方がアゴに手を添える。
「まさか・・あの2人を狙うとは」
山崎がほんの少し眉を寄せた。
環と薫を危険に晒したことが悔やまれる。
「次はどう出るかなぁ」
土方の声には笑いが含まれていた。
病的な戦争オタクの土方は、無意識に楽しんでいる。
山崎は黙ったままだ。
「だが・・ヤラレっぱなしってなぁ、性に合わねぇな」
「ですね」
土方が立ち上がる。
「先に仕掛けてぇ」
「なにか策でも?」
山崎が見上げると、土方が腕を組んでつぶやいた。
「ワナでも張るか」
3
その後、薫と環は外出禁止になった。
狙われているからである。
環は始めたばかりの診療所通いもストップすることになった。
薫はすっかり元気が無くなり、口数が減った。
知らなかったとは言え・・環に危害を加えようとした犯人をトモダチだと思っていたのだ。
しかも・・もし沖田が止めていなかったら、あやうくキスされていたかもしれない。
(あたしって・・ホントにバカ)
屯所の庭を掃きながら、ため息をつく。
事実・・薫は一二三にある意味、籠絡されていたのかもしれない。
恋愛感情はなかったが、コロリとダマされ信用しきっていた。
正直・・今でも信じられないでいる。
一二三が・・人殺しを生業とする忍びだなんて。
オンナノコは無邪気な笑顔のオトコノコにはガードが甘くなる。
一二三の笑顔は、天使のように邪気がない。
(古い例えだが・・ロ-ルキャベツ系男子の究極版かもしれない)
実は・・薫は元の時代にいた頃から、フツーのオンナノコとして扱われたことが無かった。
常に「施設のコドモ」という視線で見られていたから。
小学校の頃はクラスの男子によくイジメられていた。
しつこく追いかけて来るイジメっ子から逃げ回るうちに、駈け足はドンドン早くなり、中学の時にはソフトボール部で一番の瞬足になっていた。
薫は免疫が無かったのだ。
オンナノコとして扱われることに。
「はぁー・・」
ため息をつきながら、やる気のない仕草で掃除を続けてると、目の前に人がいる。
驚いて顔を上げると・・沖田が立っていた。




