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第百三十八話 阿片


 「一二三って、なんの仕事してるの?」

 薫が団子を口に入れる。


 「オレ?ナンデモ屋」

 一二三もモグモグと口を動かす。


 「ナンデモ屋?」

 「うん。仕事ならドコでも行くよ。町ん中でも山ん中でも」

 「・・大変そーだね」

 「でもないよ・・ガキん時からずっとそうだし」


 薫が目を開く。

 「コドモの頃から?」


 「うん」

 一二三がコクリと頷く。

 「オレ、軽業小屋で生まれたんだ。だから、生まれた時から流れモンの生活だよ」


 屈託ない口調だが、薫はなんとなく黙ってしまった。


 一二三がクスリと笑う。

 「名前も超テキトーだし。なんか考えるのメンドーだから、ひぃー、ふぅー、みぃーにしたんだって」


 「そんなこと・・」


 一二三がクスクス笑う。

 「拾門(ひろと)なんか、どっかの門の前で拾ったから拾門だしね」


 「ヒロト?」

 薫が訊き返すと、一二三が顔を向ける。

 「ああ・・うん。ツレだよ、オレの」


 すると・・

 一二三が、立てた左膝に左腕を載せたまま、体をユックリ倒して薫の顔を間近にノゾキ込む。


 「口についてる」

 そう言って手を伸ばすと、薫の口の端を指で撫でる。


 薫が慌てて口元を拭こうとすると、一二三が薫の手首を掴む。


 「取ってあげるよ」

 言いながら、一二三の顔がさらに近づく。


 (キ、キスされる!?)

 一二三の顔を間近で凝視しながら、薫の体は硬直して動かない。


 すると・・頭上から声が聞こえてきた。


 「ナニやってんだ、ボーズ」


 一気にカラダの力が抜ける。


 聞き慣れた声に振り仰ぐと・・沖田が立っていた。

 一二三の頭のてっぺんに手を置いて、大きく指を広げて掴んでいる。


 「お・・っ」

 思わず声を出しそうになり、薫が慌てて自分の口を押えた。





 「アヘン?」

 環は思わず訊き返す。

 (そっか・・阿片は昔、薬として使われてたんだっけ)


 阿片は芥子の花の実から精製される麻薬だが、その麻薬成分の作用として鎮痛の効果がある。

 1840年に始まった阿片戦争で悪名が高くなり、「人を壊す毒薬」と世界中から危険視されていた。


 「そんな驚ぐもんでね、環ちゃん」

 南部は落ち着いた声だ。


 「ケシの花はけっこう、そごらに自生してるもんだ」

 南部の弟子、吉岡が説明する。


 吉岡も会津藩ご典医であり、会津藩士だ。

 「だけんじょ・・薬の精製は素人にゃあ、先ずムリだ」


 環は少しホッとした。

 この診療所でアヘンを精製してたら、正直言って来るのがコワイ。


 「だが・・アヘンの効能はムシできない」

 良順は以前、体調不良で不眠症に陥った一橋慶喜にアヘンを処方したことがあった。


 その時も、周囲の反対を押し切って、「イザとなればオレが腹を切ればいいだけさ」と、切腹覚悟の強行だった。

 医師でありながら、昔からサムライ風の言動が多い。


 すると・・

 障子の向こうから若い娘の声が聞こえてきた。

 「センセ、お茶お持ちしましたえ。入ってもよろしおすか?」


 「ああ、おミツちゃん。えーがら入っといで」

 南部が返事をすると、障子がスラリと開いた。


 廊下に、白い前掛けをした娘が座っている。

 わきにはお盆に載せたお茶が置いてあった。


 「失礼します」

 頭を下げて入ると、順番にお茶を出してまわる。


 「いただきます」

 環がお茶を受けとって会釈すると、南部が近寄って紹介してくれた。

 「おミツちゃん。今日がらこごさ勉強さ来るごどになっだ、環ちゃんだ。新選組の人だがら不自由ねぇように世話しでやっでけれ」


 「新選組・・?」

 ミツが目を見開く。


 (え・・なんだろ?京の人だから、新選組がキライなのかな?)

 環は一瞬不安になった。


 しかし・・

 ミツの視線にあるのは、嫌悪感ではなくもっと深い意味合いを帯びて見えた。





 頭を掴まれた一二三が見上げると、沖田の冷えた目と視線がぶつかる。


 「誰?アンタ」

 一二三が少し不愉快そうな声を出す。


 頭をズラして、沖田の掌から頭を外した。


 立ち上がると、お尻についた草を手で払う。

 「ひょっとして・・鈴のオニイチャンとか?」


 「・・ナンでもいーだろ、オメェにゃカンケーねぇ」

 沖田は冷たく答える。


 一二三は薄く笑って、座ったままの薫を見下ろした。


 答えを求められた気がして、薫がたどたどしく説明する。

 「えっと・・まぁ、そんなようなモノです」


 「だってよ・・文句あるか?」

 沖田が一二三を軽く睨む。


 「へぇー・・鈴のオニイチャンねぇ。すごいカッコイイじゃん」

 一二三の声には、ドコかふざけた声音が混じっている。


 「でも・・妹につく虫を払いに来たなら、ちょっと過保護じゃないの?」

 一二三は少し挑戦的な目で沖田を見る。


 沖田はオモシロくもない顔で黙ったままだ。


 「・・妹はもうオトナなんだよ、オニーチャン。もっと自由にさせてあげれば?」

 沖田の顔を下からノゾキ込む。


 「・・コイツはまだガキだ。また、さっきみてぇな真似しやがったら・・今度はタダじゃ済まねぇぞ」

 沖田が低い声でつぶやく。


 「おっかないニーチャンだなー。分かったよ、今日はもう退散する」

 沖田の言葉に怯えた様子も無く、一二三は首をすくめる。


 振り返ると、薫に笑いかけた。

 「またね、鈴」


 一二三の後ろ姿を見送りながら、沖田がボソリとつぶやく。

 「ひょっとして・・まんざらでもなかったか?」


 「えっ?」

 薫が素っ頓狂な声を出す。


 「抵抗してなかったなぁ」

 沖田が振り向きもせずに話し続ける。


 「あ、あれはビックリして、カラダが動かなくて」

 薫が慌てて立ち上がる。


 すると・・沖田が振り返って、薫に近づいた。


 (え?えええ?)



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