第百三十七話 花
1
「谷干城(たにたてき)?」
原田が訊き返す。
朝餉の後に、幹部が部屋に集められた。
「ああ・・土佐勤王党の武市半平太のシンパだ。乾(いぬい)と同じ過激な討幕派」
土方が低い声で説明する。
「・・バリバリの武闘派じゃねーか」
斎藤がつぶやく。
「乾ねー・・アレもよく分かんねぇヤツだよなー」
藤堂が横を向く。
「しっかし・・武市はもう切腹して果ててんじゃねーか。勤王党も壊滅したろ?」
永倉が腕を組む。
「勤王党のシンパは、まだ残ってる。・・谷のようにな」
土方が低くつぶやく。
「実は、"谷"と聞いて・・最初、長州の高杉かと思いましたが」
山崎が控えめに口をはさむ。
「高杉はこのところ、国元からは動いてないようでした」
「なんで"谷"って聞いて、"高杉"になんのよ?山崎さん」
沖田があぐらの上で頬杖をつく。
「高杉は今、"谷潜蔵"と名乗ってるんだ」
「なんで、そんなコロコロ名前変えんのさー。もー覚えきれねぇ」
沖田が腕を上げ、ウンザリ顔で伸びをする。
「"ナンデナンデ"とウルセーぞ、総司。ガキみてぇに騒ぐな」
土方が声を高くすると、沖田が肩をすくめる。
「へーい」
「あっちこっち"谷"だらけだな」
藤堂が頭を掻く。
「目的はなんでしょう」
伊東が分かりきったことをつぶやくので、土方がゲンナリする。
「谷干城は・・武市と同じことをやってんだ」
土方が淡々と説明する。
「幕吏の殲滅・・つまり、武力倒幕だ」
土佐勤王党の首魁・武市半平太は、佐幕派の要人に「天誅」と銘打った暗殺行為を数多く行い、投獄された。
2
朝餉を済ませてから、環は良順に連れられて南部精一郎の診療所に向かった。
西本願寺の屯所から木屋町まで、片道3.5kmほどを良順と並んで歩く。
恰好は元通り、男物の稽古着姿に戻っている。
「健康第一。むやみに駕籠を使わずに歩くことだな。お天道様の下で」
良順はニコニコしながら、せっせとウォーキングに励んでいる。
「そうですね」
健康オタクの良順と一緒に早歩きしたので、あっという間に診療所に到着した。
南部精一郎は会津藩医で、京には仮住まいである。
木屋町の宿にひとり住まいだが、同じ宿の2階に良順も間借りしている。
同宿であり、良順と同じくポンペ(オランダ軍医師)を師事した弟弟子である。
診療所は宿からほど近く、2階建ての細長い狭い作りだ。
中に入ると小袖を着た男性が2人、机の上にある薄桃色の花を見ていた。
「南部、環ちゃん連れて来たゾ」
良順が声をかけると、南部が顔を上げる。
「おー、よぉ来たなぁ。環ちゃん」
「突然、押しかけてスミマセン。先生」
環が頭を下げる。
南部はほとんど毎日、新選組の屯所に往診に来るので、環は顔馴染みである。
しかし、診療所に来るのは初めてだった。
「良順先生の肝煎りだがらなぁ、歓迎だ」
南部はニコニコしている。
「お世話になります」
環がまた頭を下げる。
「そんな畏まらんで、えーがら、えーがら」
南部の言葉は訛りが強い。
「南部・・コレ、どこで手に入れたんだ」
良順が机の上の花を手に取る。
「ああ・・河川敷にわんさが生えでらったがら、引っこ抜いできだ」
南部が含み笑いをする。
「この花、薬草かナニかですか?キレイですね」
環が興味深げに覗き込む。
「ケシの花・・阿片だよ」
良順が答えた。
3
薫は丹波で団子売りに徹していた。
お客同士の話にさりげなく耳をそばだて、サムライ風のお客が来ると目配せして様子を伺う。
(他人のハナシに聞き耳たてるなんて、アクシュミかも)
正直、諜報活動は薫の性に合わない。
(環、ガンバッてるかな?)
そんなことを考えながら忙しく手を動かしてると、いきなり声をかけられる。
「鈴」
一二三が目の前に立ってる。
「お団子2本チョーダイ」
指を2本立てる。
「それと、持ち帰りで3本ね」
薫が団子を2本皿に載せて渡すと、一二三が1本取って薫に差し出す。
「ハイ、鈴の分」
「また、ダメだよー」
薫が困ったように手を振ると、一二三が店主に声をかける。
「いーでしょ?オヤジさん」
店主がニッコリ笑った。
「ええよ、鈴ちゃん。休憩しときな、店はやっとくさかい」
「やったぁ!」
一二三が明るい声を出して、薫の腕をひっぱる。
「こっち、こっち!」
一二三に引っ張られて、店のそばの樹の下に座る。
「一二三って、顔に似合わずゴーインだね」
薫が困り顔で言うと、一二三がイタズラっぽい顔をする。
「そぉ?オレけっこう、遠慮しないタチだからさー」
ふと声を低める。
「それに・・狙ったエモノは逃さないんだ」
「え?なんて言ったの?」
「なんでもないよ」
一二三の笑顔は、どこまでも邪気がない。




