第百三十六話 夕餉
1
「谷干城?・・あの」
土方が山崎の言葉を繰り返す。
ふと、薫の方を見ると・・シッシッと手で払う。
「おめぇはもういい、行け」
薫は一瞬ムッとしたが、言われた通り部屋から出た。
山崎が、チラリと目で追う。
(ふーんだ)
薫は少しオモシロくない。
(ジャマなのは分かるけど・・シッシッはないんじゃない?)
ほかの隊士にされてもなんとも無いことも、土方にされるとビミョーに気持ちが逆撫でされる時がある。
(別にいーけど・・)
気を取り直して炊事場に向かった。
夕餉の支度は、薫よりも先に戻ったゴローたちが中心になって始めている。
隊士の数が増えたので、賄い方の人数も比例して増えた。
壬生の頃よりずっと広くなった炊事場で、十人以上の隊士が夕餉の支度に奔走している。
見ると、炊事場の板の間の上にブタ肉が載っていた。
どうやら一頭シメたらしい。
薫はほんの少し眉を寄せる。
屯所で飼っているブタは、木屋町の南部診療所で解体してもらっている。
医師見習いの弟子たちが、解体新書を片手に解剖するのだ。
実は・・ブタを飼い始めた当初、動物好きの薫が自ら世話係を希望した。
ところが・・ハナコと名付けて可愛がっていた子ブタが突如、肉の塊になって屯所に届けられた時、薫はショックで1日フトンから出て来なかった。
その後・・ブタの世話は賄い方の隊士がしていて、薫は柵に近づかない。
(料理人志望なのに・・情けない)
自分でもそう思うが・・まだブタ肉に包丁を入れることが出来ないでいる。
(マヨネーズでも作ろうかな)
フゥーと息をつく。
2
夕餉の準備が出来たので、隊士たちを呼びに行く。
「お夕飯でーす」
手前の部屋から順番に声をかける。
永倉と原田の部屋は、障子を全開にしたままで中の様子が丸見えだ。
寝転がって任侠絵草子(ヤンキーマンガ)を読んでいる。
「あの、夕飯ですけど」
声をかけるが・・無反応だ。
「・・食えねぇよ」
永倉がポツリとつぶやく。
「オレも・・」
原田もつぶやく。
「なんだよ、左之。おめぇ、オレより団子食ってねぇだろが」
「変わんねーよ。おめぇは13本で、オレぁ12本食ったんだからな」
寝転がったまま、言い合っている。
「総司が5本しか食わねぇからだ。やっぱ平助連れてきゃ良かったぜ」
どうやら団子の食い過ぎで、もう腹に入らないらしい。
「う~・・今日は夜の見廻りだってのに」
原田が起き上がって腹をさする。
「なんでムリにお団子食べたりしたんですか?土方さん怒ってましたよ」
薫が訊くと、原田が目を開く。
「・・おめぇ、土方さんに言ったのかよ?」
「はぁ」
「・・ったくもー、んなことわざわざ報告してんじゃねーよ」
「おめぇの売り上げ伸ばそうと思ったんだろーが」
永倉がムックリ起き上がる。
「はぁ?なんですか?ソレ」
「あのな、甘味屋の看板娘ってのは競争率高けーんだよ。とくに丹波っつったら、なりてぇ娘がゴマンといんだぜ」
永倉が熱く語る。
「分かってんのかよ」
「イマイチ分かんないけど・・でも、ダイジョーブです。仕事は順調に覚えてますから」
薫は少し自信ありげに言い返す。
「それより・・夕飯どうします?今日はマヨネーズ付け合わせに出してますけど」
永倉と原田の眉が同時に反応した。
「よっしゃ!」
一斉に立ち上がると、原田が腰を伸ばす。
「サクッと食って見廻り行こーぜ」
永倉はガッツポーズだ。
このところ幹部はすっかりマヨラー化してる。
3
「南部先生の診療所に?」
薫が訊き返した。
「うん」
2人は夕餉を済ませて、部屋でくつろいでいる。
「すごいじゃない!」
薫ははしゃいだ声を出す。
「いつから行くの?」
「さっそく明日からだって」
良順が環を南部診療所に連れて行くことになった。
良順は思いつくとすぐに行動に移すタイプで、しかも全く迷いが無い。
「本格的にお医者様の勉強するんだ」
薫がしみじみと言うと、環が少し迷った声を出す。
「・・分からないけど」
「気がノラないの?」
薫が訊くと、環が首を振る。
「そうじゃないけど・・」
環はこの頃、外科より薬の配合や麻酔に興味が出てきている。
「ま、行ってみるよ。せっかくだし」
「うん、ガンバッて」
薫が親指を立てる。
「薫の方はどうなの?」
環が話題を変えた。
「うん?どうって・・団子屋さん、楽しいよぉー」
おみやげにもらった団子を一本、環に差し出す。
「常連サンともだんだん顔馴染みになってきたし」
「団子屋さんの常連っていうと・・オバチャマたちとか?」
「オバチャンも多いけど、若いオトコのコもいるよ」
薫はふと一二三を思い出す。
「ジャニーズ系の・・」
「うっそだぁー」
「ホントだってー」
団子にパクつきながらおしゃべりしてるうちに、夜は更けていった。




