第百三十五話 団子
1
「労咳?」
環の言葉に、良順は少し驚いた声を出す。
「・・はい」
「・・ひょっとして、沖田くんのこと言ってるのかい?」
今度は環が目を開く。
山崎は2人の話が聞こえてないかのように、黙って針を動かしている。
「あの・・」
環は雨宮の父から聞いたことを、出来るだけ正確に思い返しながら説明した。
「・・"ケッカクの親戚"ねぇ」
環の話を一通り聞き終えてから、良順が興味深げに考え込む。
「環ちゃんのお父さん・・ひょっとして外国の人かな?・・それとも外国で医学を修めたとか」
「え?」
環は言葉が出ない。
・・外国人ではない。
バリバリの日本人である。
ただし・・江戸時代でなく平成時代の医者だが。
「え~と・・」
うまい答えを探すが・・出てこない。
「この国には、そんな知識を持った医者はいないよ」
良順が探るよう顔つきをするので、環は黙って目を逸らした。
(やっぱり・・唐突にこんな話ししたって驚かせるだけだよね)
結核菌の存在も解明されていない江戸時代に「菌の種類が違う」と言っても、とうてい理解はされない。
「父は・・変わり者で」
誤魔化すことにした。
「会ってみたいね。環ちゃんのお父上に」
「・・遠いところにいるから、会えないんです」
「・・そうか」
良順は、少し考えてから口を開いた。
「・・環ちゃん。本腰入れて医術を学んでみる気はないか?」
ふと思いついた顔をしている。
「その気があるなら、南部の診療所にわたしから紹介しよう」
「え?」
環が目を丸くした。
2
「おい、団子くれ」
「はーい、いらっしゃいま・・・せ」
振り返った薫は、そのまま固まった。
永倉と原田と・・それに沖田が、普段着で店の前に立っている。
(・・なんで?・・いんの?)
「取りあえず10本もらうぜ」
言いながら、永倉が長椅子に腰かける。
「ええっと・・はい」
薫は慌てて店の奥に入ると、言われた通り、皿に団子10本を載せる。
(何しに来たんだろ)
『新選組の隊士を見ても知らぬふりをしろ』
土方にそう指示されているのだ。
「おまたせしました」
薫が、お茶と団子を載せた皿を盆に載せて運ぶと、永倉と原田がすぐに手を出す。
「いただきっ」
団子にカブリつきながら、2人で盛り上がる。
「おおーっ、うめぇなぁー」
「評判通りじゃねーかー」
「看板娘も可愛いしよー」
ビミョーに声が大きくてワザとらしい。
(なんだろ、このノリ・・)
沖田は、黙ったままだ。
シラけた顔で「ムリヤリ連れて来られました」のオーラを出している。
(※事実、ムリヤリ連れて来られた)
「総司、おめぇも食えよ。ホラ」
原田に言われて、沖田も1本手にとる。
1つ目を飲み込むと、ポロッとつぶやいた。
「ホントだ・・うまいや、コレ」
沖田もめずらしく食べ進めて、団子10本は3人ですぐ無くなった。
「おい、ネーチャン!」
永倉が手招きする。
(ネーチャンって・・アタシ?)
薫が自分を指さす。
「団子もう10本追加だ。それから、お茶を薬缶(やかん)ごとくれ」
原田が爪楊枝をくわえながら注文する。
仕方なく、言われた通り薬缶にお茶を淹れながら、薫は思った。
(仕事のジャマだから・・帰ってくれないかなぁ)
3
3人で団子30本食べ切って、永倉たちは引き揚げた。
(結局、何しに来たんだろ・・あの人たち)
皿を片付けながら、3人の背中を見送る。
その後、一時半(いっときはん/3時間)の勤務を終えて屯所に戻ると、薫は土方の部屋に向かった。
その日あったことを、報告することになっている。
いっぱしの隊士のようだ。
「・・新八と左之と総司が?」
土方が目を開く。
「アイツら・・団子のことは忘れろっつったろーが・・」
いまいましそうにつぶやく。
薫はこうゆう土方を見るのがキライではない。
土方は「鬼の副長」の異名を取っているが、沖田や永倉たち(特に沖田)からは意外にナメられてるように見える。
「ふ」
薫の口から息がもれる。
笑うのをこらえているせいだ。
「・・なんだ?」
「いえ・・」
すると、障子の影から声が聞こえた。
「副長、よろしいですか?」
山崎の声だ。
いつの間にか廊下に来ていたらしい。
「入れ」
土方の声で、スラリと障子が開く。
「副長・・忍びを使って隊士を襲わせた黒幕が分かりました」
山崎が頭を下げたままで報告を上げる。
「誰だ?」
「おそらく・・土佐藩の谷干城(たにたてき)かと」
山崎が顔を上げる。




