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第二百四十七話 暗殺


 「原市之進が斬られたぜ」

 部屋に入って開口一番に大助が言った。


 徳川慶喜公のブレーンでありフィクサーである幕府目付の原市之進が、二条城官舎の私室で刺客に襲われた。

 (※これ以降・・慶喜公はフラフラとブレまくる優柔不断征夷大将軍になってしまう)


 「夕べっから、奉行所は蜂の巣みてぇな騒ぎになってらぁ」

 ノンビリ間延びした口調で大助が続ける。

 「ここもだろ」


 「みてぇだな」

 沖田が素っ気無い返事を返した。


 今日の朝、朝餉が終わってすぐ大助が新選組の屯所にやってきた。

 いつもフラフラ遊んでるように見えて、その実ほぼ24時間勤務に近い大助が来る時は事件絡みが多い。


 「ファ~」

 沖田は小さく欠伸すると、ダルそうに、う~んと伸びをした。


 夜中に咳き込んで眠れないせいか、この男は日中いつも眠そうにしている。


 「近藤さんと土方さんが守護職屋敷に出向いてるけど・・今んとこ、こっちまでお呼びはかかってねぇなぁ」

 沖田が呑気に答えると、大助がゴロリと身体を横たえた。

 「そっか。んじゃ、ちっと寝さしてくれ」


 「あん?」

 「夕べの騒ぎで寝てねぇんだよ」

 右手の甲を目の上にあてる。


 「いいのかよ。おめぇ、二条城に行かなくても。一応仮にも同心だろうが」

 沖田が頬杖をつくと、大助が大きく欠伸をする。

 「下っ端の出る幕なんざねぇよ。・・下手人も死んじまったしな」


 「死んだ?」

 「ああ」


 「・・誰なんだ」

 沖田は壁に背をもたれて肩膝を立てたまま、わずかに顔を向けた。


 大助は頭の後ろに両手を組んで枕にし、天井を見つめている。

 「幕臣だよ。鈴木豊次郎と依田雄太郎」


 「幕臣・・」

 沖田がやや眉をひそめた。


 「下っ端のなぁ。鈴木は老中屋敷前で切腹して、依田は追手に討たれたとさ。・・まぁ、素早いこって」

 言いながら、大助がムクリと身体を起こした。


 事件発生から一刻も経たないうちに、実行犯がどちらも死んでしまったのだ。


 大助はあぐらをかいて背を丸めると、世間話のように言葉を続ける。

 「暗殺を指示した黒幕がいるんだろうが・・身内同士の切ったはっただからな。どうせ・・うやむやで一件落着すんだろ」


 「ふーん」

 沖田は関心の薄い生返事を返した。


 もともと政治絡みの話題に興味が無い。


 すると・・


 キナ臭い空気を吹き消すような明るい声が廊下から聞こえた。


 「沖田さーん、入ってもいいですかー?」

 薫の声だ。


 「ああ」

 沖田が答えると同時に障子が開く。


 「じゃーん。身体に良い豆乳プリン作りましたよー」

 お盆を手にした薫が立っていた。







 「あれ?」

 大助を見て、薫が驚いた顔をする。

 「井上さん、来てたんですか?こんな朝っぱらから」


 「邪魔してます、朝っぱらから」

 大助が姿勢を正した。


 「それじゃあ、井上さんの分も持ってきますね」

 言うなり薫はまた廊下へ早足に戻っていく。


 沖田と大助が、薫が開けっ放しにした障子に目をやりながらつぶやく。


 「いいなぁ」

 「なにが?」

 「女房なんざ御免だが、妹ならいてもいいなー」

 「はぁ?」


 本気で羨ましそうにしている大助を、沖田が訝しそうに見た。


 色恋絡みの女は信用できないが、懐いてくれる妹だったら可愛がれるということか。


 そうしてるうちに、あっとゆう間に薫が戻って来た。


 「お待たせしました」

 お盆を畳に置くと、沖田と大助の前にプリンの載った皿を並べる。

 「さ、どうぞ」


 ニコニコ笑って勧める薫につられて、沖田と大助がシャモジでプリンをすくう。


 「うま」

 大助がつぶやいた。


 沖田は無言で食べている。


 「うれしー。やっぱストレートな言葉が一番耳にいいなぁ」

 薫が発した言葉に、大助が顔を上げた。

 「・・すとれぇと?」


 「え?いえ、あの・・」

 薫がモゴモゴつぶやくと、皿に目を落としたままで沖田が遮る。

 「気にすんな。コイツ時々ヘンなこと言うんだよ」


 「ああ・・」

 大助が意味有りげに顔を上げると、薫が困ったように横を向いた。


 黙ってプリンを食べる沖田の横顔に、大助が目を向ける。

 「なーんか前から思ってたけど・・総司、おめぇ」


 「なんだよ?」


 「薫ちゃんと環ちゃんのこと、自分のモンだと思ってねぇか」

 大助は茶化した口調で、顔が笑っていた。


 大助の唐突なフリに、薫の目が点になる。


 すると・・


 沖田がプリンの皿から顔を上げて言った。

 「思ってるけど?」






 それがなにか?、の顔をしている沖田に、薫と大助はやや驚きを隠せない。


 「え?」


 「オレこいつらの世話役ってことになってるから」

 アッケラカンと続ける。


 「え?」

 薫が続けて反応。


 「組下のモンとおんなじだと思ってるぜ」

 沖田は、当然だろ、の顔だ。


 つまり・・自分が面倒見る人間=自分の責任下にある人間=自分の身内=自分のもの・・と続いていくのだろうか。


 「あ?ああ、そーゆー意味か・・」

 大助が拍子抜けした声を出す。


 薫は思わず、フィ~と息をついてしまった。

 (沖田さんって、言うことやること、感覚ちょっとズレてんだよね)


 「あ、えーと・・アタシこれで」

 逃げるようにそそくさと皿を片付けると、薫が立ち上がる。


 「ああ」

 沖田が応えると、大助も腰を上げた。

 「・・オレも奉行所に戻るかなぁ」


 「なんだよ?寝てくんじゃねぇのか」

 沖田が見上げると、大助が頭を掻く。

 「いや・・なんか眠気飛んだわ」


 「ふーん」

 沖田もつられて立ち上がった。


 結局、薫を先頭に3人で廊下をゾロゾロと歩いて行くことになる。


 玄関に降りて草履に足を入れると、大助が振り返った。

 「ああ、そうだ」


 沖田と薫が板の上から見送る恰好で顔を上げる。


 「武田観柳斎を殺った下手人の捜索が打ち切られることになった」

 大助の言葉に、沖田が眉をひそめる。

 「あ?」


 「次から次へと暗殺事件が起きるからなぁ。いちいち付き合ってちゃキリがねぇとよ」

 大助の声は変に明るい。


 沖田は冷めた表情で黙っている。


 「ま、大方の見方は・・新選組の粛清ってなってるけどな」

 大助が袖に両腕を入れて薄笑いを浮かべた。


 「ふん」

 沖田が顔を横に向ける。


 「まぁ、死んじまったモンより生きてるモンのが大事だからな。下手人探して藪蛇んなるより、うやむやで終わらせんのが都合が良いってことだ」

 大助の言葉に、沖田が冷めた目線で返した。

 「おめぇはどうなんだよ」


 「さぁ・・どうでもいいかな。こっちはお偉いさんの命令に従うだけだ」

 大助は袖の中に組んでいた腕を解くと、薫の方に顔を向ける。

 「んじゃな、薫ちゃん。ごちそうさん」


 「あ、はい」

 薫は慌てて顔を上げると、大助は踵を返して玄関から出て行った。


 「ふぅ・・」

 思わず息をついた薫に、沖田が声をかける。

 「どうした?」


 「いえ、あの・・」

 薫は一瞬言葉を飲み込んだが、小さな声で続けた。

 「いつまで続くのかなって」


 (ずっと・・明治維新を迎えるまで戦って続くんだよね)


 「戻りてぇか」

 「え?」

 沖田の言葉に、薫が顔を上げる。


 「元いたとこにだよ」

 沖田が顔を前に向けたままで、淡々と言葉を続けた。


 薫が、う~ん、と首を傾げる。

 「うん、戻りたい・・けど、それよりも、ここにいたいかなぁ」


 「へぇー・・そうなんだ」

 軽い相槌を打つと、沖田はさっさと部屋の方に戻って行った。


 後ろ姿を見ていた薫が、足元に置いたお盆に目を落とす。

 (でも、いつかここも無くなって・・バラバラになるんだよね)


 しゃがんでお盆を手に立ち上がる。

 「あと・・どのくらい時間あるんだろ」








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