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第二百四十二話 宴会


 (沖田さんが通っていた芸娘さん・・)

 薫は少々居心地悪かった。


 ハッキリ言って、この場に自分は邪魔者のような気がする。


 「まだお料理たんと残ってますえ。もっと食べんと精がつきまへんで」

 初音がまるでお母さんのような口調で柔らかく叱ると、沖田が不貞腐れたような顔をした。

 「もう入んねぇ」


 初音がため息をつく。


 薫はなんとなく意外だった。

 沖田と初音の遣り取りは、まるで姉と弟のそれで、男と女の色気が感じられない。


 (なんかちょっと違うような・・)

 不思議そうな顔で見ている薫に、初音がニッコリ笑いかけた。

 「湯屋で逢うたお嬢はんや。こんばんわ」


 相変わらず完璧な初音の笑顔に、やや圧倒されながら薫は愛想笑いを浮かべる。

 「こ、こんばんわ」


 「お料理お口に合いますやろか」

 「は、はい。すっごく美味しいです」

 薫はドギマギしながら答えた。


 (超が3つつくような美人さんだよね・・沖田さんって面食いなんだな)

 何故か落ち込んだ気分になる。


 すると・・


 「近頃はよう眠れはっとるみたいどすなぁ」

 初音が含んだ顔で眺めた。


 沖田は黙ったままだ。


 すると初音がコロコロと笑い出す。

 「こんお侍はんは、廓に来てもただ寝てばっかりの、えらい変わりモンどすのや」


 薫に聞こえるように言っていた。

 沖田は苦虫を噛んだ顔で黙っている。


 (寝てばっかり?・・って、それって)

 薫は・・顔に出さないようにして心の中で驚いた。


 つまり沖田は・・わざわざ遊女を買って、何もせずに部屋で寝ていたとでもゆうのだろうか。


 だとしたら・・


 (やっぱ・・沖田さんって、噂通りのホモぉ?)


 薫がヘンな顔をしていると、隣りの沖田が睨んでいる。

 「オメェ・・またヘンなこと考えてんだろ」


 「え?いえ~、別に」

 薫はそっぽを向いた。


 2人の遣り取りを眺めていた初音が言葉を挟む。

 「けんど、近頃はすっかりお見限りや。なんや寂しいやっちゃ」


 拗ねるような表情の初音に睨まれて、沖田は顔を伏せた。


 (あ、あたし・・やっぱ席外した方がいいんじゃ)


 どうにも居心地悪くなった薫が腰を浮かせる。

 「あ、あたしちょっと・・」


 ご不浄に、と言いかけた薫の言葉が止まった。


 沖田が薫の右足首を掴んだからだ。






 驚いた薫が中腰のままで固まる。

 袴に隠れて、沖田の手は初音からは見えていない。


 (え?ええーっ?)

 パニックに陥った。


 要するに沖田は、初音と2人にするなと言いたいのだろうが、足首を掴まれていては腰を戻すことも出来ない。

 座れば沖田の手の上に、自分のお尻を乗っけることになる。


 立つことも座ることも出来なくなって、変な汗を浮かべながらブツブツつぶやいた。

 「え~と・・その、あの」


 初音がおかしな顔で見ている。


 (やだ、どーしよ~っ)


 右足首を動かそうとするが、沖田の馬鹿力で抑え込まれてビクともしない。


 すると・・


 「ギャァァーっ!」


 絹を引き裂く悲鳴が聞こえた。


 見ると・・


 原田が環を膝に載せて抱っこしようと羽交い絞めにしていた。

 環がもがきながら足をバタつかせている。


 「環・・!」


 他の隊士達が驚きの視線を浴びせても、原田はいっこう気にしない。

 永倉は既に出来上がっていて、他の芸娘の肩を抱いて一気飲みをしている。


 「環」


 助けに行こうと思わず立ち上がった薫が、バランスを崩して倒れた。

 「キャアッ」


 右足を掴まれてることをウッカリ忘れたためだ。


 倒れ込んだ薫の腕を沖田が手前に引っ張ったので、お膳にダイブするのは避けられた。

 替わりに沖田の腕に抱きとめられた格好になる。


 初音の目の前で・・薫が沖田の膝に横倒しになっていた。


 「・・ってーな」

 「だ、誰のせいだと思って・・」


 沖田がブツブツ文句を言ったので、薫はすぐさま身体をどけた。


 初音はやや呆気に取られた顔で見ている。


 薫はすぐさま立ち上がると、お膳をまたいで向こう側の席に向かった。


 「原田さん。環のこと離してください。イヤがってるじゃないの」

 「イヤがる女、サイコー。もっとイヤがってー」


 酔っ払いに何を言ってもムダである。


 仕方がないので、薫は土方のいる席に向かった。


 太夫にお酌をされて無表情に杯を傾けている土方に声をかける。

 「土方さん。原田さん止めてください」


 「あ?」

 土方が顔を上げる。


 チラリと原田の方に目を向けた。

 「ほっとけ。ありゃ左之の冗談だ」


 「止めてくれなきゃ二度とプリン作りません」

 薫が立ったままで轟然と言い放つ。


 すると土方が苦い顔で舌打ちをした。

 「チッ」


 杯を置いて立ち上がると、後ろから回って原田のいる席に向かった。






 「おい、左之。そんぐれぇにしとけ。さっきからガキの声がうるさくてなんねぇ」

 そばに立った土方が低い声で原田に言った。


 お?という感じで原田が顔を上げる。

 一瞬、手の力が緩んだ隙に、環が思いきり肘鉄を食らわせる。


 「うぐっ」


 さらに膝立ちして体の向きを変えると、座ったままの原田の金的を膝蹴りした。


 「うぐごっ」


 エビのように畳に身体を丸めて原田が悶絶する。


 アホらしげに息をつくと、土方が自分の席に戻った。

 お膳を挟んで立っている薫の顔を見ると「言われたことはやったぜ」とゆうような表情をする。


 薫は息をつくと、すぐに環のところに向かった。


 「環、大丈夫?」

 「うん」

 「もう帰ろう」

 「そうだね」


 薫と環が辺りをキョロキョロ見渡すと、後ろから声をかけられた。


 「オレが送っていく」


 山崎である。


 「ちょっと待っててくれ」

 そう言うと、山崎は近藤のいる席に歩いて行った。


 何やら話して戻って来る。


 「もう帰っていいとさ。局長から承諾をもらったから。酒の席に連れてきたのは間違いだったって謝ってたよ」

 山崎が苦笑しながら息をつく。


 見ると・・座敷の中は酔っ払いの嬌声で阿鼻叫喚の騒ぎである。


 薫と環が山崎にうながされて襖から廊下に出るのを、沖田がチラリと見た。


 「ま・・山崎さんなら大丈夫か」

 ポツリと漏れる。


 安心した表情の沖田に、初音が声をかけた。

 

 「あのお嬢はんがた・・沖田はんの大事なお人どすか」


 沖田が驚いたように目を開く。

 「だいじなおひと・・?」


 「想い人とちゃいますのん?」

 初音がからかう口調で訊いた。


 「・・なんでみんな、そーなんのかなぁ。違います」

 沖田はアホらしいといった顔で首を傾げた。







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