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第二百四十話 大手組


 新選組の面々が急ぎ東寺に向かうと、道の両端にはすでに人だかりが出来ていた。

 東寺の門前には大勢の大手組の組員が重なるように立っている。


 「ここを開けろっ」

 「いざ尋常に勝負っ」

 血気に逸った怒声が響き渡る。


 大手組は大名火消で普段は二条城に駐屯するれっきとした幕兵だが、東寺に駐屯している歩兵隊は漁眠や農民上がりの荒くれた傭兵部隊である。


 そんな格下も格下の連中に仲間を殺され、大手組の面子は丸潰れ。

 組頭を初め、火事でも無いのに、みな色鮮やかな火事羽織を羽織っている。

 本気モードだ。


 「ド派手だなぁ」

 沖田が呑気な声でつぶやいた。


 「鉄砲持ってんじゃねぇか」

 永倉が険しい顔つきになる。


 「本気で寺に撃ち込む気じゃねぇだろな」

 原田が呆れ声でつぶやいた瞬間、凄まじい音が響き渡った。


 ドォンッ!!


 「あれ、ホントに撃っちゃった」

 沖田が思わず立ち止まる。


 京でも指折りの名刹、東寺の門は厚く閉ざされたままだ。

 西本願寺を初め、幕末の京の寺は、どこも幕兵に迷惑をかけられてばかりで苦労が絶えない。


 大手組の人だかりの中から、鉄砲の筒が空に向かって突き出していた。

 どうやら天に向けて撃ったらしい。


 『開けろ』という威嚇行為だろうが逆効果である。

 敵が鉄砲を持参していることが分かった以上、歩兵隊が門を開けて出て来ることは無いだろう。


 「とめろ」

 土方が低い声でつぶやいた。


 「とめろって・・簡単に言うよなぁ」

 「あっち、鉄砲持ってるんですけど」

 「纏(まとい)まで持って来てら。火事と勘違いしてんじゃねぇか」

 永倉と沖田と原田がブツブツつぶやいた。


 「いいからとめろ」

 土方の声がやや高くなる。


 「へぇへぇ」

 永倉、沖田、原田に続いて、新選組の隊士が大手組の組員を取り囲んだ。






 「はい、はーい、そこまで」

 原田が後方の若手に槍を突きつける。


 「な、なんだ?新選組がなんで」

 うろたえる若者に、原田がニッコリ笑いかける。

 「こーゆーの、ホントの横槍ってやつだな」


 永倉が纏を持つ組員の首に刀の背をあてた。

 「朝っぱらから血の気が多すぎんだよ、おめぇら。帰って二度寝でもすんだな。そしたら頭もスッキリするぜ」


 沖田が発砲したと思われる組員の前でスラリと刀を抜いた。

 「ちょっとやりすぎ。まー、面白いっちゃ、面白いけどさ」


 他の隊士も、それぞれ大手組組員の動きを封じるように取り囲む。


 「なん・・っ!」

 怒りオーラ全開の組頭のそばに、土方が近づいた。

 「内沢さん」


 大手組組頭、内沢矢八郎。

 四十がらみの中年だが、命知らずで男気がある。


 土方も何度か顔を合わせたことがあるが、気持ちのすくような好漢だった。


 「土方殿」

 内沢が怒りを露わに土方を睨む。

 「余計なお節介は無用。新選組にはお引き取り願おう」


 「お引き取り願うはこっちの台詞だ。いくらなんでも天下の公道で発砲はまずいだろ。戦でもおっぱじめようってのか」

 土方が腕を組んで睨み返す。


 「これは我らの事情じゃ。新選組は口を突っ込まんでもらおうか」

 内沢の声には収まらない怒りが滲んでいた。


 「そうゆうわけにゃいかねぇよ。こっちは京の治安を預かってる身だ。あんたらも同じだろ」

 土方の言葉を聞いて、内沢が真っ直ぐ見返す。

 「町民に害を加えることはせん。もちろん坊主もだ」


 「発砲しといて何言ってんだ」

 「あれは威嚇だ」


 「内沢さん」

 土方がため息をついた。


 聞き分けの無い子どものように扱われたのがカンに触ったのか、内沢の顔がたちまち怒りで赤らむ。

 「昨夜、我らは歩兵隊の下郎どもにいわれのない言いがかりをつけられ、挙句、仲間を一人殺された。黙って引き下がるなど出来るわけなかろうっ」


 「そうゆう沙汰は、奉行所で裁いてもらえ。仇討はご法度だぜ」

 「身内の沙汰は、身内でつける」


 しばらく無言の睨みあいが続いた。


 すると・・


 ギギギ・・


 東寺の門が、重い音を立ててゆっくりと開かれた。


 そこに山崎が立っている。

 隣りに人相の悪い男がいた。


 男の額に深い裂傷がある。

 昨夜でなく、いまさっき付けられたと思われる生々しい傷だ。


 男は怯えた表情で立っている。

 その腕を山崎が掴んでいた。


 「山崎」

 土方が顔を向ける。

 「首尾は」


 「上々です。こいつが昨夜、大手組の組員を殺した男です」

 山崎は普段と変わらない表情だ。

 「こいつを差し出す代わりに、他の連中は見逃してくれと・・歩兵隊の隊長から言伝です」






 「どうする、内沢さん」

 土方が水を向けると、内沢が低い声で答えた。

 「狼藉を働いたのは、この男一人ではない。こちらは他にもケガ人がいる」


 「キリがねぇな。野郎同士の小競り合いなんざ、色里の辺りじゃ掃いて捨てるほどある。たかがケガしたぐれぇで、いつまでもグダグダ言ってちゃ、命知らずの火消が泣くぜ」

 土方の言葉を、内沢が黙ったまま睨み返した。


 表情は幾分冷静さを取り戻したように見える。


 「ふん」

 内沢がふいと顔を反らした。

 「今日はこれで引き揚げよう」


 山崎がややゆっくりした足取りで門から出て来た。

 隣りの男を大手組組員に引き渡す。


 「土方殿」

 内沢がふと振り返った。

 「今回は借りだ。手間をかけた」


 「ああ」

 土方がアッサリ答える。


 「皆の者、引き揚げる」

 内沢が拳を上げると、組員は縛めが解けたように動き始めた。


 新選組の隊士も一緒に刀を下ろし、それぞれ鞘に収めた。


 沖田の呑気な声が聞こえる。

 「一件落着~」


 「けっこうアッサリ諦めたな」

 永倉は気が抜けたような顔だ。


 「好い男だな。やっぱ火消は粋な男伊達じゃねぇか」

 言いながら原田が、山崎をチラリと見る。

 「おめぇ、いつの間に寺に忍び込んだ」


 「ここに到着してすぐです。副長から内偵しろと命を受けて」

 山崎はあくまで淡々としている。


 「オイシイとこ持っていきやがって。あーあ」

 原田が両手を頭の後ろにあて背伸びした。


 「左之、つまんねぇボヤキ垂れんな」

 土方に窘められ、原田がつまらなそうに首をすくめる。

 「へぇへぇ」


 「にしても」

 沖田がトボけた声を出した。

 「喧嘩と見りゃ、参加することしか考えてなかった土方さんが、他人様の喧嘩を止めるなんて。生きてると色んなモノを見るよなぁー」


 土方にギロリと睨まれて、沖田は肩をすくめる。

 やっぱり、ぜんぜん悪びれてない。




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