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第二百三十七話 為せば成る


 「もしかして・・成功?」

 庭の軒先で、環が小声でつぶやいた。


 試行を重ね、工夫をこらし、何度も繰り返し挑戦し、やっと念願の石鹸らしき物体が目の前に出来上がっている。

 長かった・・!


 3日前に作ったネタを日に干しておいたものが固まっている。

 固まった泥の塊のようなカケラに水をつけて擦ると・・手の平で泡立った。


 「や・・やったぁぁ~っ!!」

 思わず吠えてしまった。


 手を変え品を変え、最終的に辿り着いた石鹸作りレシピは以下の手順。


 1.台所で大量に余った灰にお湯を注ぎ、一晩寝かせる。

 2.上ずみを布でこして不純物を除き、さらに煮詰めて濃度を高める。

 3.ニンジンを入れて浮き上がったらOK。

  (※理科の塩分濃度を計る実験でジャガイモを使うところを同じ根菜類のニンジンで代用)

 4.台所の余った廃油を混ぜる。割合は廃油2:灰湯1

 5.酒瓶に入れてひたすら撹拌。縦に振って素早くシェイクシェイクシェイク・・・・~~!!

 6.大鍋でソボロ状になるまで煮詰める。

 7.型に入れて3日ほど日に干す。


 泡立ちは21世紀のソレとは比べものにならないくらい少ないが、それでも汚れは確かに落ちている。


 「これをみんなに・・」

 病気やケガ人に率先して使いたいが、健康な人でも衛生面が向上すれば病気の予防になる。


 早速、土方に見せて、大人数で作ってもらうようにしようと勇んで立ち上がった。


 すると・・すぐ後ろに原田が立っている。


 「どうした?お嬢。大声出して」

 環の声を聞いて、何があったのか見に来たらしい。


 「あっ、原田さん」

 環は満面の笑顔になった。

 「やったの、成功したの。今度こそ」


 環は嬉しくて、原田の両腕を掴んではしゃいだ。


 「お?」

 環にしがみつかれて、原田が驚いた声を出す。


 「なんだか知らねぇが、そりゃ良かったな」

 言いながら、環をギューッと抱きしめた。


 「ギャァァーッ」

 環は絶叫すると、膝で原田の股間を蹴りあげた。


 「うぐごっ」

 原田が股間を押さえてうずくまる。


 片膝ついてうめき声を上げている。

 「うーうーうー」


 敗戦投手のような原田を尻目に、環はウキウキ気分で炊事場に向かった。

 薫に一番最初に石鹸を使ってもらうためである。


 「為せば成る。為さねば成らぬ。何事も~♪」

 武田信玄公の有名なネタを大声で唄っていた。






 環が原始的石鹸で大盛り上がりしている頃、屯所の沖田の部屋に大助が来ていた。


 「ゆうべ、奉行所の連中と呑みにいったら、座敷に月乃と初音が来てな」

 暑くて団扇で扇いでいる。


 「おめぇこの頃、祇園はご無沙汰なんだってな。初音の機嫌が悪いってんで月乃がコボしてたぜ」

 大助がニヤニヤ笑いながら麦湯をすすった。


 「カンケーねぇだろ、ほっとけよ」

 沖田が不機嫌に横を向く。


 「ゆうべは初音がヤバかったもんでなー」

 大助が襟を開いてパタパタ扇いだ。


 「ヤバイ?」


 「客と喧嘩おっぱじめんのぁ、しょっちゅうみてぇだけど。昨日はあやうくワザかけるとこでな」

 大助の言葉に、沖田が反応する。

 「ワザ?」


 「ああ。なんかしつこくケツ撫でられたってんで怒り出して、そいつを一本背負いしようとしたもんで、オレが止めに入ったんだよ」

 大助が息をつく。


 「一本背負い?」

 沖田はイミが分からない。


 茶屋のお座敷の低い天井の部屋で、どうやって一歩背負いが出来るのだろうか。

 いや・・それ以前に、遊女の重い衣装姿で、どうやって技をかけたり出来るのだろうか。


 「月乃が、オメェの不義理のせいだって怒ってたぜ」

 大助の言葉に、沖田はゲンナリした声を出す。

 「不義理って・・オレぁ別に馴染みってわけじゃ」


 「通っといて何言ってんだ。バカか、テメーは」

 大助がアホらしいとゆう風に遮った。

 「馴染みになる気がねんなら同じ女に通うのはやめろ。修羅場はゴメンだろーが」


 「・・・」

 確かに・・グゥの音も出ない。


 「しっかし、なんだよ。惚れてたんじゃねぇのか?」

 大助が面白がってる顔で訊いた。


 「いや」

 沖田がアッサリ答えると、大助がアホらしそうに横を向く。

 「だろーな。オメェが惚れてんのぁ、薫ちゃんと環ちゃんだもんなー」


 大助の茶化した口調に、沖田があからさまに不機嫌な声を出す。

 「その冗談・・マジでヤメてくんねぇ?」


 「怒んなよ」

 大助が肩をすくめると、いきなり部屋の障子が開いた。


 「沖田さん、ちょっと来てください」

 廊下に薫が仁王立ちで立っている。


 「あ、井上さんもいたんですか。ちょうど良かった、一緒に来てください」

 薫は部屋の中に入ると、沖田と大助の袖を引っ張って立たせた。


 「なんだよ、いったい」

 沖田が不振な顔をすると、薫は満面の笑みで答える。

 「いーから早く」


 男2人の腕をグイグイ引っ張って廊下を突き進むと、中庭に続く縁側で立ち止まる。

 見ると・・庭に環と土方が立っていた。


 「なんだ、なんだ」

 沖田がつぶやくと、土方が振り向く。

 「お。来たか、総司。大助も来てたのか」


 「なんなんですか、土方さん」

 沖田が縁側から降りると、土方が手に持ってる土くれのようなカケラを見せた。

 「セッケンだと。けっこういいぜ」






 「セッケン・・?」

 沖田が訊きかえすと、環がカケラを沖田に手渡した。

 「シャボンのことです。これで手足や身体を洗うとキレイに汚れが落とせます」


 「ヘェ」

 大助が感心した声を出す。


 「井上さんにも、ハイ」

 環が大助にも石鹸を差し出した。


 大助がお手水の水を使い、見よう見マネで手を洗う。

 「お、いーじゃねぇか。スッキリさわやか」


 歯磨き粉のCMのようだ。


 「ふーん」

 沖田のリアクションはオブラートのように薄い。

 もともと衛生面の意識が低いので、感動も少ないらしい。


 「これを沢山作りたいんです」

 環の言葉に、土方が首をヒネる。

 「んじゃ、平隊士にやらせるか」


 「ありがとうございます。いっぱい作ってみんなが使えるようになれば、病気の予防になるしケガの手当もしやすくなります」

 環は大はしゃぎである。


 「賄い方と医療班の連中にやらせるから、作り方まとめとけ」

 そう言って、土方は集会所の方に歩いて行った。


 「良かったねー、環」

 薫が声をかけると、環が大きく頷く。

 「うん」


 「盛り上がってんな」

 沖田は冷めた顔つきで手を拭いている。


 使い終わった手拭を、隣りの大助に押し付けた。

 「ほれ、オメェも拭け」


 「・・そういえば」

 薫が思い出したように、大助を見る。

 「シンに会いました?井上さん」


 「ああ・・」

 大助はテキトーに手を拭くと、手拭を環に手渡した。


 「元気でした?」

 環の問いに、ボソリと答える。

 「ああ、まぁな」


 「いつまで御陵衛士にいるつもりだろ」

 薫がつぶやくと、環が大助の方を見た。

 「なんか言ってました?」


 「いや、特になんも」

 大助は歯切れの悪い言葉を返す。


 「そうですか」

 薫と環がやや不満気な顔で大助を見た。


 「あー・・アイツが向こうにいんのぁ、なんか事情があるみてぇだから」

 大助がポリポリと頭を掻く。

 「待ってるしかねんじゃねーの?」








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