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第二百三十六話 ワケあり


 「オレもう行くわ」

 大助がそそくさと立ち上がった。


 地雷を踏んだらサヨウナラという逃げ足の早さである。


 「そうだ」

 思いついたように振り返ると、薫と環に向かって訊いた。

 「これから御陵衛士の屯所に行くんだが、アイツになんか伝えることあるか?」


 「アイツ・・」

 薫と環が顔を見合わせる。


 シンのことだろう。


 「そうですね・・」

 環がつぶやくと、薫が言葉を続けた。

 「洗濯物溜まっちゃって困ってるって伝えてください」


 「は?」

 大助が訊き返した。


 「玄関の草履もみんな脱ぎ散らかったまんまだし」

 「広くて庭の水巻きも大変だし」

 「小屋に馬糞が積み上がってるし」

 「浴室も広すぎて毎日掃除出来ないし」

 「アタシは炊事場だけで手一杯だし」

 「わたしは病室の清掃があるから」

 「酒瓶運ぶの超大変」

 「なんか色々大変」


 2人が次々にまくしたてるのを、大助は困った顔で聞いている。

 「え~と・・?」


 すると・・2人の言葉が止まった。


 「悪ぃ・・全部は覚え切れねぇ。どんだけアイツに仕事押し付けてーんだよ」

 大助が苦笑する。


 シンデレラをこき使う意地悪な継姉2人のようだ。


 「早く帰って来いって・・そう伝えてください」

 2人が同じ言葉をつぶやいた。


 大助が頭を掻く。

 「御陵衛士に入ったら、もう新選組にゃあ戻れねぇんだろ」


 「シンは隊士じゃない」

 薫が顔を上げた。

 「だから・・新選組と御陵衛士の規則なんて関係無いもん」


 「そいつぁ無茶な理屈ってもんだが・・まぁ伝えとくよ」

 大助が息をつく。

 「会ったらな」






 御陵衛士の屯所は、善立寺から東山高台寺塔頭の月真院に移り「禁裏御陵衛士」の表札を掲げていた。


 本堂の隅で、大助と伊東が向かい合わせで座っている。


 「武田観柳斎は、確かに御陵衛士への入隊を申し出ていましたがね・・こちらとしては受け入れるつもりもなかったので、丁重にお引き取り願いました」

 伊東はにこやかに型通りの答えをする。


 大助は息をついた。

 (このオッサンもタヌキだな)


 「まぁ、今日のところはこのぐらいで退散します」

 大助が立ち上がった。

 「そうだ・・シンってやつに会えますか?」


 「シンくん?なぜ?」

 伊東はやや驚いた顔をする。


 「いや、新選組のお嬢ちゃんたちから可愛い言伝頼まれちまって」

 大助が肩をすくめた。


 「ああ、環ちゃんと薫ちゃんですか。シンくんと仲が良かったですからね」

 伊東が立ち上がる。

 「呼びに行かせましょう」


 まもなくして、シンが本堂に現れた。


 「井上さん・・」

 驚き顔のシンに、大助が声をかける。

 「いよう、元気か?鬼っ子」


 「井上さんがキミと話がしたいらしい。門まで送ってあげなさい」

 伊東にうながされて、玄関に出た大助の後にシンが続いた。


 伊東は本堂から出ることはせず、玄関先で見送る。


 2人になると、大助が立ち止まった。

 「環ちゃん達から言伝がある。早く新選組に戻ってこいとさ。おめぇがいねぇと仕事が溜まって大変だって」


 シンは目を見開いた。


 大助は薄く笑っている。

 「なんで御陵衛士に入ったんだ?あの2人から離れて・・ワケがあんだろ?」


 「別に・・」


 「脅されてんのか?」

 大助はニヤニヤ笑っている。


 シンは息をついた。


 「そうだ、ちっと訊きてんだがな。ここんとこ屯所を留守にした隊士はいねぇか?」

 突然話題を変えた大助に、シンがキョトンとする。

 「いいえ」


 「ほんとか?」

 「ほんとですよ」


 先日、篠原と斎藤が2日間屯所を留守にしたことは、絶対口外しないようにと伊東が隊士全員に緘口令を敷いているのだ。


 「おめぇはそうやって白ばっくれてばっかだな」

 大助は腕を組んだ。

 「腹にイチモツ抱えてると便秘んなるぜ」


 「オレ快便ですから」

 シンが愛想の無い答えを返す。


 「わぁったよ。今日んとこはもう帰らぁ」

 大助がヤレヤレと手を振った。


 「けど、あの2人がさびしがってんのはホントだぜ」

 大助の言葉に、シンは視線を反らした。

 「新選組出る時に挨拶は済ませてるんで・・カンケーねーです」


 「・・それ伝えんの、やめとくわ。オレがシメられる」

 大助が苦い顔で答えた。





 京で麺と言えば饂飩(うどん)である。

 蕎麦を出す店は少なく、屋台となれば数えるほどしかない。


 なので・・こうゆうニアミスも起こってしまう。


 「斎藤じゃねぇか」

 「新八っつぁん・・」


 永倉が外で昼飯をすまそうと、屋台ののれんをくぐると、そこに斎藤が立っていた。


 「なんだよ。おめぇも蕎麦食いにきたんか」

 永倉が隣りに立つと、斎藤が財布から小銭を出して台に置く。

 「はぁ」


 「親父、いつものくれ」

 永倉は威勢良く注文すると、斎藤を見た。

 「ひさしぶりだな。どうだ、そっちは」


 「どうって・・別に」

 斎藤は口が重くなっている。

 自分が間諜として御陵衛士に入ったことは、新選組の幹部連中も知らされていないことだ。


 「屯所は落ち着いたか?」

 永倉が財布から小銭を出した。


 「はぁ・・そっちは不動堂村に豪邸構えたみてぇですね」

 斎藤は、当たりさわりのない受け答えをした。


 「ああ。すげーぜ。西本願寺の檀家の嘆きが聞こえてくらぁ」

 永倉は笑いながら、蕎麦の椀を受け取る。


 「表で食おーぜ」

 永倉が誘うと、斎藤はお椀を持ちながら困った顔をした。

 「いや、そらぁちっとマズイ」


 「なんでだよ」

 永倉はのれんをくぐって振り向いた。

 「いーから来いって。先輩の誘い断ろうってのか?」


 斎藤はため息をついた。

 (オレもう表向きは新選組じゃねぇんだけど)


 仕方なく斎藤は永倉の隣りに立って蕎麦を食い始めた。

 ここは路上で立ち食いが基本である。


 「観柳斎が殺された」

 ズルズルと蕎麦をすすりながら、永倉が消化に悪い話題を振ると、斎藤も蕎麦をすすりながら答える。

 「みてぇですね」


 「鮮やかな斬り口だってんで、奉行所の連中が犯人の腕前を褒めてたぜ」

 早食いの永倉は麺を食べ終え、残った汁をグイッと飲み込んだ。


 「・・・」

 斎藤は黙ったまま蕎麦をすすっている。


 「おめぇ・・伏見に出向いたりしてねぇか」

 言いながら、永倉が椀を屋台に戻しに行った。


 永倉の後姿に、斎藤が答える。

 「行ってねぇです。・・世間じゃ新選組の仕業だって言ってんじゃねんですか」


 爪楊枝をくわえた永倉がのれんから出て来た。

 「違う。確かに、武田は目の上のタンコブだったがな。泳がしてるうちに消されちまった。色んなとっから恨み買ってたんだろうよ」


 「痴情のもつれじゃねぇんですか?」

 「おめぇにしちゃ気色悪ぃ冗談抜かすじゃねぇかよ。伊東さんに仕込まれたか?」

 永倉は小馬鹿にした顔だ。


 「おめぇ、本気で御陵衛士に入ったんじゃねぇだろ。ワケが・・」

 言いかけた永倉の言葉を、斎藤が遮った。

 「オレぁもう帰ぇります。こんなとこ仲間に見られたら痛くもねぇ腹探られちまう」


 「・・仲間ね」

 永倉のつぶやきを振り切るように、斎藤は踵を返した。


 屋台に椀を戻して息をつく。

 (スイマセン、新八っつぁん。今はホントのこと言えねぇんだ)





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