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第二百三十五話 噂話


 篠原と斎藤が善立寺に戻ったのは、日が暮れかかった頃だった。


 「ごくろうさま」

 伊東が自ら出迎える。


 「いやぁ、伏見ばけっこう歩くけんの。疲れちょりもす」

 伊東の部屋に入ると、すぐに篠原があぐらをかいた。


 斎藤も座り込む。


 「良くやってくれた。2人とも」

 伊東はにこやかだ。


 「やったのは篠原さんですよ。オレぁなんもしてませんぜ」

 斎藤は冷めた顔で腕を組んだ。


 「篠原くんのお手柄か」

 伊東が顔を向けると、篠原が軽くいなす。

 「まぁ、斎藤さんにゃあ援護射撃に回ってもらいもした」


 「奉行所が犯人捜しに躍起になってるが・・どうやら新選組の犯行とほぼ決め付けてるようだね」

 伊東は薄笑いを浮かべた。

 「まぁ、日頃の行いを考えると無理も無いが」


 (ま・・そうなるよな)

 斎藤も納得している。


 新選組は粛清に粛清を重ねている。

 『誤解』だの『濡れ衣』だの言っても仕方がない。


 恐怖政治をウリにしてる組織なので、今更クリーンなイメージにしようなどと思ってないだろうし、冤罪や余罪が増えたところで大して腹も傷まないだろう。


 (スミマセン、土方さん。世間の誤解はテキトーにかわしてくだせぇ)

 斎藤は心の中でつぶやいた。


 「それと・・枚方の古寺で切腹して果てた男がいるらしい」

 伊東が2人の顔を交互に見た。

 「どうやら・・新選組の加藤羆だとゆう話だ」


 斎藤が顔を上げた。


 「・・あいつ・・」

 月灯りで一瞬しか見えなかったが、武田と一緒にいた男はどこかで見たような顔だった。


 「心当たりがあるのか?」

 伊東の言葉に、斎藤が頷く。

 「ああ・・おそらく武田の連れの男です。逃げたヤツだ」


 「なるほど・・仲間を見捨てて逃げた己を恥じたか。それとも・・愛人の後を追ったか」

 伊東は侮蔑を含んだ口調でつぶやいた。


 武田は男色家として名高い。

 武田が新選組を除隊された後も、2人の間には遣り取りがあったということだろう。


 (愛人か・・かもしんねーな。あの観柳斎が身体張って逃がすくらいだもんな)

 最後に叫んだ武田の言葉が、まだ斎藤の耳に残っていた。






 環は久しぶりに南部診療所に来た。

 西本願寺の時よりやや遠くなってしまったので、用事が空いた日でないと通えなくなっている。


 今日は薫も一緒だ。

 ミツに遠慮して診療所に顔を出すことをしなかった薫を、環が半ば強引に誘った。


 「・・いいのかなぁ」

 薫が入口で立ち止まると、環が背中を叩いた。

 「大丈夫だって」


 薫にしてみれば、自分を見ればミツが入水騒ぎを思い出してイヤな気分になるのではないかと心配だ。


 「おミツさんが薫のこと連れてきて欲しいって言ったんだから」

 環は勢いよく引き戸を開ける。


 すると・・


 板の間に大助が腰かけていた。


 玄関に顔を向けると、声をかけてくる。

 「いよう、揃ってお出ましたぁ珍しいな」


 「井上さん」

 環は慣れてるのか、やや呆れたような声を出した。

 「また油売ってるんですか?」


 「人聞き悪ぃな。見廻りの息抜きだってば」

 大助は漬物をパリパリつまんでいる。


 「そうゆうの"油売っでる"っでゆうんだべ」

 南部が書物から顔を上げた。


 「ちぇ」

 大助はつまらなそうに鼻を鳴らす。


 「あれ?おミツさんは?」

 環が辺りを見渡すと、大助が親指で玄関を差した。

 「出掛けてるぜ。味噌切らしちまったって」


 「そうですか」

 環が息をつくと、南部が腰を上げた。

 「薫ちゃんがこごさ来だのぁ初めでだべ。そっただどごさ立ってねで、まずはいらんし」


 手招きする南部を見て、「中に上がれ」と言ってくれてることが分かった。


 「どうも」

 「お邪魔します」

 2人続けて、板の間に上がり込む。


 「もしかして薫ちゃんも、医者の真似事始めんのか」

 大助の言葉に、環がムッとした。

 「真似事って・・どーゆー意味です?」


 「あ、ワリぃ。スミマセン」

 大助が即謝罪する。

 環を怒らせると後が怖い。


 「おミツさんが薫に、以前助けてもらったお礼を言いたいっていうんで連れて来たんです」

 環の言葉を聞いて、南部と大助が顔を見合わせた。


 ミツの入水のことは、ここでは禁句になっている。


 「・・なるほどなぁ。そういえば・・沖田くんどうしてら?」

 南部がわかりやすく話をそらした。

 「こないだ、あだらしい屯所さ検診いった時いねがったな。困ったもんだべ、あの身体でフラフラって」


 大助がトボけた声を出す。

 「アイツぁいっつも同じだろー、極楽トンボ。ま・・この頃は、祇園に気に入ったオンナができたって話だから、シケこんでんじゃねぇの?」






 「沖田くんさ・・オナゴぉ?」

 南部が心底驚いた顔をする。

 「ほんどがね?環ちゃん」


 「さぁ・・知りません」

 環は顔を背けた。


 「え、あれ?環ちゃん、知らなかったんか。こりゃ・・余計なこと言っちまったな。総司にドヤされる」

 大助が困った顔で頭を掻く。


 (とっくに知ってるよーだ)

 環は心の中で毒づいた。


 すると・・


 環の前に座っている薫が、おかしな顔をしている。


 「どうしたの?薫」

 環の問いかけに、薫がモゴモゴと口籠る。

 「え・・えーと、あの」


 南部も固まっていた。


 ヒョイと横を向いた大助が、驚いた声を出す。

 「うわっ、おミツちゃん。いつ戻って・・」


 環が驚いて見ると、炊事場の入り口におミツが立っていた。

 「ついさっき。炊事場のお勝手口から入ってお味噌置いてきたん」


 「あ、あの・・」

 薫が慌てて挨拶しようと腰を浮かすが、おミツは完全スルーで大助を見ている。

 「井上はん、ホンマやの?沖田はんにオナゴはんが出来たゆうんは」


 「え・・いやぁ~、どうだっけ」

 大助は首を傾げてしらばっくれる。


 「なんや・・沖田はんもスミにおけんなぁ」

 おミツは軽く笑うと、クルリと方向転換した。


 ゴツッ


 炊事場に戻ろうとしたミツが、入口の柱に頭突きでぶつかった。

 キョロキョロと左右を見ると、慌てて炊事場に姿を消す。


 残った4人は、後姿を見送りながら黙り込んだ。


 南部がボソリとつぶやく。

 「・・ヘタ打っでまったんでねが、大助くん」


 大助が手を合わせてうなだれた。

 「あ~、ワリぃ」


 (なんか・・キレイサッパリ無視されちゃった)

 薫は地味に拗ねている。


 (それもこれも・・もとはといえば全部・・)

 この場にいない沖田に腹が立っていた。


 色んなイミで。






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