第二百三十四話 闇討ち
1
沖田は不動堂村に移ってから、祇園に足を運んでいない。
西本願寺よりも若干遠くなったということもあるが・・理由は別にあった。
(やべぇよな・・次、2人きりになったらオレ、多分襲っちまう)
・・こんな理由だった。
初音とは、他愛ない話をして膝枕で眠るだけで良かったのだが・・だんだん親しみが湧いてくると、どうしても本能的な衝動が強くなってくる。
今までは床入り部屋に入るとすぐに寝付いていたが・・もう、眠る気も起きてこない。
(・・けどやっぱ、抱くわけにゃいかねぇし)
沖田は以前、どうしても我慢出来ず羽虫を抱いたのだが・・それも後悔していた。
口づけしなくても、肌を吸ったり舐めたりしたら、どうしたって相手の身体に唾液が付いてしまう。
病が感染(うつ)るリスクは当然高くなるだろう。
性的なコントロールが効かなくなる前に、このまま夜離れ(よがれ)した方がいいと思っているのだが・・。
「つまんね・・」
身体をゴロンと後ろに倒した。
頭の後ろで手を組むと、天井を眺める。
まだ新しい白い木目が美しい。
この屯所に来た時には、新選組に不似合な豪華さに驚いた。
沖田はもともと寝て起きる場所があれば良いだけで、とくに贅沢な嗜好は持っていない。
せいぜいが刀くらいだ。
沖田が貰っている新選組の禄のほとんどは、江戸にいる姉への仕送りで消えている。
なので・・正直この屯所の豪華さも、他人事のように冷めた目で見ているが、近藤と土方と話す時には一応合わせてウンウン相槌を打っていた。
沖田は(薫よりは)デリカシーがあるのだ。
(まぁ・・容れモンが立派でも、中身がガラクタじゃ話になんねーもんな)
大名屋敷のような屯所に見合う働きをしなくては、世間のモノ笑いのタネになるだろう。
(つまり・・女にかまけてるヒマなんざねーってこった)
そうムリヤリ自分を納得させる。
2
新しい屯所に大助が初めて顔を出した。
「ヒュー」
軽薄に口笛を吹く。
「すっげぇ広ぇなー。ま、奉行所にゃ負けるけど」
キョロキョロと辺りを見回しながら腕を組んだ。
「アホか。比べるようなもんじゃねーだろ」
沖田が呆れた声を出した。
「こんな朝っぱらから、わざわざ見学に来たのかよ」
「いや、仕事だ」
大助がアッサリ答える。
「近藤さんと土方さんに用があってな」
「オメェの用事じゃロクなモンじゃねーな」
沖田がゲンナリ顔をすると、大助が薄笑いを浮かべた。
「ああ、ロクなモンじゃねぇ。武田観柳斎の死体が上がったぜ」
「あ?」
沖田は珍しくポカンとしてしまった。
「・・武田さんが」
「どうやら、伏見の薩摩藩邸からの帰りに闇討ちに逢ったみてぇだな。竹田街道で死体で転がってるのが発見された」
大助はあくまで淡々としている。
「・・目星ついてんのか?」
沖田の目つきがやや鋭くなった。
「目星って、そりゃ・・最初に疑うのは新選組だろ、当然。だからオレが来たんだよ」
大助は仕事モードを崩さない。
「・・・」
沖田は沈黙した。
確かに・・武田観柳斎が殺されたとなったら、新選組の粛清だと世間は見るだろう。
しかし、武田はかなり前に除隊処分を受けて放逐されている。
もしも、なんらか理由があって斬ることになったとしても、当然、沖田の耳には入るはずだ。
だが・・そんな話は近藤からも土方からも、他の誰からも聞いてない。
「・・ウチじゃねーな」
沖田がつぶやく。
「さぁ、どうだかな」
大助が一蹴した。
すると・・
廊下の向こうから、朝飯を終えたばかりの近藤と土方が一緒に歩いて来た。
別宅(休息所)通いの近藤が、朝から屯所に来ているのはワケがある。
今日は、新選組が正式に幕臣に取り立てられる日なのだ。
「丁度よくご登場だぜ」
大助が笑いを浮かべる。
「お?大助じゃねぇか、どうした?」
近藤が驚いた顔をした。
にこやかに近付いて来る。
近藤は昔から大助がお気に入りだ。
「なんだ。オメェ、わざわざ新しい屯所見に来たのか?」
近藤の台詞を、土方が遮った。
「近藤さん。こいつぁ、んな可愛気のあるヤツじゃねぇよ」
土方が前に出る。
「どーせまた・・キナ臭ぇ話、持って来たんだろーよ」
「ああ・・土方さんのおっしゃる通りです」
大助が腰に両手をあてる。
「朝から仏さんの話ですよ」
「・・誰が殺された?」
土方は話が早い。
「武田観柳斎です。死体はオレもまだ見てませんが・・どうやら腕の立つヤツが殺ったみてぇです。・・心当たりありませんかね?」
大助の言葉を聞いて、近藤と土方が顔を見合わせる。
沖田は黙ったままで腕を組んだ。
3
斎藤が仮眠から目覚めると、すでに太陽が中天に差し掛かっていた。
「腹減ったな・・」
低い声でつぶやいて起き上がる。
頭を掻きながら障子を開けて廊下に出た。
(なんか食うモンねーかな・・)
眠気が抜けてないせいか、ボーッとしている。
ここは竹田街道沿いにある旅籠屋の一室。
夕べは戻って来たのがかなり遅かった。
階段の方に向かおうと顔を上げると、篠原がやってきた。
斎藤の姿を見つけ、意味深な笑いを浮かべて歩いて来る。
「斎藤さん、目ぇば覚めちょりましたと」
斎藤の目の前に、篠原の大柄な身体が立ち塞がる。
斎藤が立ち止まった。
「・・ああ、今さっき」
「まんだ眠そうにしちょる。まぁ・・ゆんべはお互いよう働いたけんの」
篠原の言葉を、斎藤が冷めた声で返す。
「オレはなんもしてねぇよ。仕留めたのは篠原さんだろ。・・1人で充分だったんじゃねーの?」
「なんの。向こうも2人じゃったけ。1人じゃったら、さすがに余裕ば無くなるけん」
篠原はニコニコ笑っている。
夕べの暗殺劇は一応成功といったところだろう。
薩摩藩邸からの帰り、2人連れで夜道を歩いてきた武田は、酒を呑んだらしく千鳥足だった。
銭取橋のたもとで待ち伏せしていた篠原と斎藤が、道に出て武田達の行く手に立ち塞がる。
すると・・一瞬で酔いが冷めた武田は、連れの男に「逃げごせ!」と叫んだ。
男は一瞬迷ったが、武田の背なに隠れるように夜闇に走り出した。
武田は篠原の剣を受け止め、ギリギリ踏ん張っていた。
逃げた男の方は斎藤が追いかけたが、闇に紛れて林の中で見失った。
諦めて斎藤が現場に戻って来た時には・・すでに武田は死体に変わっていた。
「すまねぇ、篠原さん。取り逃がしちまったぜ」
斎藤が声をかけると、死体から引き抜いた剣の血のりを振り切りながら篠原が振り向いた。
「狙いは・・もともと武田1人じゃけん」
斎藤は、篠原が直接人に手を下すところを初めて見たが、随分と落ち着いたものだった。
月灯りに照らされた武田の身体は、見事に急所を刺し抜かれている。
(これなら・・比較的、楽に死ねたろうな)
斎藤の記憶では、篠原は武田とは割によく話をする方だったように思う。
屈んで斬り口を見ていると、篠原が声をかけてきた。
「斎藤さん。アンタは今まで何人ぐらい斬っちょるんかいの」
斎藤は、しゃがんだままでユックリ見上げる。
「さー、数えてねーから分からねぇな」




