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第百三十三話 丹波


 「谷・・?」

 土方が訊き返す。


 部屋には、山崎と永倉と原田が座っている。


 「ああ・・」

 永倉はあぐら組んで、上を向いている。


 「まぁ・・谷なんて苗字は珍しくもねぇさ。・・土佐っつったな?」

 土方の質問に山崎が頷く。

 「はい。環ちゃんの話では、忍びと思われる2人と言葉を交わしていた男達は土佐弁だったそうです」


 「すぐに調べろ」


 「はっ」

 山崎は答えると同時に部屋から出た。


 「・・土方さん。環、どーすんだ?明日も一力に行かせるのか?」

 原田が訊くと、土方が畳に目を落とす。

 「いや・・まさか拉致されると思ってなかったからな。・・もう辞めさせるさ。どのみち・・一力にアミ張ってることは気付かれたんだ。連中もバカじゃねぇ、河岸変えるだろ」


 「だな・・」

 原田は頷くと、ふと顔を上げた。

 「そーいや・・薫はダイジョブなのか?」


 「ああ、あっちは今のところなんともねぇ」

 土方が答えると、永倉が嬉しそうな声を上げる。

 「そっかー、順調に団子売ってるかー。よーしよし」


 「新八・・団子はどーでもいんだ」

 土方が低いテンションでつぶやく。


 永倉はまったく聞いてない様子で、盛り上がっている。

 「よっしゃ!明日はオレぁ、丹波に行って団子10人前食うぜー。薫の売り上げ伸ばさねぇとなぁ」


 「・・団子のことは忘れろ」

 土方のつぶやきは、突如入ってきた原田の声にかき消された。

 「オレも行くぜー、団子20人前に挑戦だぁー」


 2人が盛り上がってるのを、土方は冷え切った目で見ていた。





 「あぶなかったねー」

 薫は環の無事を、頭からつま先まで視線を下ろして確認した。


 「うん・・でも、絶対に助けに来てくれるって思ってたから」

 環はニッコリ笑う。


 薫は眉をひそめる。

 「それにしても・・料亭でラチるなんて、ありえなくない?」


 「うん・・タダのサムライじゃないと思う。なんか・・もっとヤバイ感じしたもん」

 環がつぶやく。

 

 2人はちょっと考え込んでしまった。


 「まぁ、とにかく・・無事で良かったよ」

 薫が気を取り直したように笑った。


 「うん」

 環が頷く。

 「でもね・・」


 「なに?」


 「わたしのこと攫おうとした2人・・どっちもけっこうカッコ良かったよ」


 「えー?」

 薫が訊き返す。

 「ナニそれー?」


 「ジョーダン」

 環がイタズラッぽく笑った。

 「・・薫の方はどうなの?」


 「うん?今のところ平和なもんだよー。毎日ずーっとお団子売ってるだけ」

 薫が上を向く。

 「まぁ・・西っぽいおサムライさんとかも来るけど」


 「ニシっぽい?」


 「うん。いまいちドコの方言か分かんないけど・・なんか西っぽいカンジ」

 薫は理屈よりもフィーリングでモノを考える。


 「西っぽい・・ねぇ」

 環がクスリと笑った。


 「あ、笑ったねー」

 薫が口をとがらす。


 すると・・環の顔から笑いが消えた。

 「薫も・・気を付けた方がいいよ」





 翌日も薫は団子屋に出勤した。

 環は体調不良の名目で一力から暇をもらい、屯所待機である。


 薫は団子屋で働くのが楽しくなっている。

 もともと甘味処のアルバイトに憧れていたからだ。


 丹波にはお昼ゴハンを済ませてからの出勤である。

 お店が混むのは、小腹が空く羊から申の刻だ。


 丹波は人気の店で、時間帯によっては行列が出来るほどの繁盛振りだった。


 薫が出勤すると、店の前の長椅子で団子を食べてる少年が手を振ってる。

 「鈴ぅ~」


 「一二三(ひふみ)、来てたのー?」

 薫が手を振り返す。


 小走りで駆け寄ると、少年が団子を口にほおばりながら立ち上がった。

 「うん。今日、昼ヌキだったからお腹空いちゃって」


 「お昼食べてないの?」


 「ちょっと忙しくてさ、食べるヒマ無かったんだ。オヤジさん、もう一皿チョーダイ!」

 少年が店の中にいる店主に声をかける。


 「あ、あたし持ってくる」

 薫が慌ててお店に入る。


 挨拶しながら店に入ると、手を洗って皿に団子を3串載せる。


 「鈴ちゃん、よぉ慣れたねぇ。ほんま助かるわぁ」

 店主が穏やかな笑みを浮かべる。


 「いえ」

 薫がテレ臭そうに笑う。


 「おまたせー」

 表に出て腰をかがめると、皿を少年の前に差し出す。


 「ありがと」

 皿から1本取ると、薫の前に突き出した。


 「なに?」

 薫が顔を傾げると、少年がニッコリ笑う。

 「1本あげる。食べて」


 「え・・でも、あたし仕事中だから」

 断ると、店の奥からオヤジさんの声が聞こえる。

 「鈴ちゃん。ええから、よばれな。おいしゅうに食べたったら、お客もぎょうさん寄って来るさかい」


 オヤジさんのススメもあって、薫は団子を受け取った。

 パクリと口にいれると、モグモグしながら笑う。

 「おいし」


 「だろ?」

 一二三がニッコリ笑う。


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