第二百三十一話 引っ越し
1
(マジつえー・・)
沖田は札の影から初音の顔を覗き見る。
沖田が眠くないとゆうので、初音が花札をしようと言い出したのだ。
しかも・・金を賭けてガチの博打である。
正直・・沖田は花札はルールを知ってるくらいで、大して場数を踏んでない。
もともと賭け事にさほどの興味も無いせいだ。
(ヤベ・・このまんまじゃ大助の二の舞だぜ)
大助が月乃に花札で散々負けて、しばらく役所に督促状(※ホントは恋文)が届いていたことを思い出す。
「姐さん・・オレそろそろ」
言いかけた沖田の言葉を、初音が即座に切った。
「沖田はん、今日は門限無いんやろ?さっきゆうてたやん」
「~~っ・・」
ニッコリ笑う初音の完璧な笑顔を見て、背筋が寒くなった。
「新選組の組長はんやったら、たんと稼いでますやろなぁ」
初音はニタニタ笑っている。
・・ホンキで巻き上げる気だ。
強い姉に逆らえない弟のように、沖田は黙って言いなりになっている。
(オレ・・なんでこの手のオンナに弱いんだろ)
沖田は首をヒネッた。
単純に・・生まれ育った環境によるものなのだが、どうにも理不尽な刷り込みをされたものである。
沖田の姉のミツは近所でも評判の美人で、幼い弟の面倒を良くみていた。
美人で優しいシッカリ者の姉が大好きで、小さい頃はいつも後を追いかけてばかりいた。
ちなみに・・今の姿からは想像も付かないが、幼い頃の沖田はニコニコと愛嬌のある子どもだったらしい。
ふと顔を上げると、初音が手元の札をジッと見ている・・が、なんだか段々行儀が悪く態度がデカくなってる気がした。
最初は正座だったのに今は足を崩して、いつの間にか持って来た肘付に腕を載せている。
お茶屋の一室なのに、まるきり自室の風情だ。
「・・・」
(オレって、客扱いされてねぇのかなー)
すると・・
「沖田はん、なに考えてはるん?」
ポツリとつぶやいた初音の言葉に、沖田が顔を上げる。
「え?」
「え、やありまへん。気ぃ散ってはるんとちゃいますの?集中せんとホンマ・・地獄見ますでぇ」
初音の黒いセリフを聞いて、沖田の表情が固まった。
(絶対、客扱いされてねぇよな・・言葉も態度もエゲつねぇ)
2
財布がスッカラカンになったところで沖田は解放された。
剣を質に入れて来たら?と、初音が本気とも冗談ともつかない顔で言った時、沖田は部屋から逃げ出した。
(ジョーダンじゃねー、怖すぎだって)
山絹から離れると、小走りだった足を緩めた。
夏の夜・・気持ちの良い夜風が吹いている。
見上げると星が良く見えた。
しばらく立ち止まり、大小に光り輝く星々を眺める。
そうしていると、ふと・・数時間前に斬った浅野のことが思い出された。
沖田の不思議なところは、自分が斬った人間の死に顔が頭に残らない。
生きてる時の姿だけが脳裏に浮かぶ。
浅野とはさほど親しいわけでも無かったが、普通の挨拶や仕事のことなどで言葉を交わすことは結構あった。
少々頼りないところはあったが、コツコツと地道に仕事をこなす真面目で実直な人柄だったと思う。
沖田個人は・・誰がどこに行こうと、どんな思想を持っていようと本人の勝手だと思っている。
だが・・命令は絶対だ。
沖田は新選組の中で、最も多くの人間を斬ったと言われる隊士である。
私的な部分で殺したい人間などいないが、持って生まれた剣客の才能ゆえか、恨みも憤りも感じない人間を何人も手にかけてきた。
そして今日は・・以前の仲間だった浅野を斬った後、祇園で遊女と遊んだのだ。
マトモに考えれば鬼畜の所業だろう。
それでも・・後ろめたさは感じない。
魂の飢えが強い人間は、往々にして常人と違う振り幅を持っているのかもしれない。
(浅野さん・・アンタ成仏できそうかい?)
沖田は夜空を見上げた。
(死ねば・・"仏に成る"とか"極楽浄土に行ける"とか、坊さん達が言ってたなー)
冷たくなった夜風にブルッと肩を震わせる。
「無理だよな・・そんなのは」
小声でつぶやいた。
3
翌日から屯所の引っ越しが始まった。
引っ越しのサ○イもア○ト引っ越しセンターも赤帽も無い幕末では、大八車を借りてきて運ぶ地道な作業である。
・・と言っても、力自慢の男どもがワンサといるので、かなりはかどっていた。
土方は1日で終わらせてしまいたいようだったが、さすがにそれはムリだった。
なんせ、市中見廻りなどはいつも通り行わなければいけないので、人数を遣り繰りしなくてはいけない。
薫と環はせっせとオニギリ作りに励んでいた。
ゴローたちが引っ越し作業にかかりきりなので、賄いの人手が足りてない。
「西本願寺のお坊さん達、メチャメチャうれしそうだねー」
「そりゃそうでしょ。破戒行為繰り返してる店子とやっとオサラバ出来るんだもん」
炊事場で炊きあがったばかりのゴハンを冷ましながら、握り飯を積み上げていく。
「新しい屯所見たいって土方さんに言ったんだけど、行くまでダメって言われた」
薫がつまらない顔でつぶやくと、環がクスクス笑い出した。
「ビックリさせたいんじゃないの?すごい屯所らしいから」
山ほどの握り飯が出来上がると、今度は大きなヤカンにドンドンお茶を注ぐ。
夏場なので、出来るだけ冷ましておきたい。
「道場は解体して持ってくらしいね」
薫は出がらしの茶葉を捨て、新しい茶葉でお茶を注ぐ。
「まぁ・・何一つ残さないでいなくなってくれるのが、西本願寺のお坊さん達にとって一番ありがたいと思うんだけど」
環は沢山の湯呑をお盆の上に重ねていく。
「土方さん、いらないゴミだけソックリ残して行きそう」
「やりそう、やりそう」
大広間に昼の準備を整えて、薫が隊士を呼びに行った。
残った環は茜屋のことを考えていた。
(不動堂村に行ったら・・1人で出掛けることなんて出来ないだろうな)
今まで環が1人で茜屋に通うことが出来たのは、屯所からごく近かったからだ。
距離が離れると単独で外出は出来ない。
必ず護衛の隊士が一緒について来る。
(ちょっと残念・・)
物思いに耽っていると、薫が隊士を引き連れて戻って来た。
後片付けが終わってから、薫と環は炊事場で昼飯を手早く済ませる。
「わたし、ちょっと出かけてくる」
「どこ行くの?」
覗き込む薫の顔を見て、環は曖昧に笑った。
「すぐそこ」
どうせ薫にはバレバレだろうが、気にせず環は茜屋に向かった。
店の前まで来ると、いつもののれんが出てないので首を傾げる。
(留守かな?)
試しに引き戸に手をかけると・・アッサリ開いた。
鍵はかかっていない。
中に入ってみると・・そこには何もなかった。
「え?」
環がポカンとつぶやく。
店の中はカラッポのもぬけの殻で、そこには人のいた気配すら無い。
ガランと広くなった店内を見回しながら、環がつぶやいた。
「・・なんで?・・茜さん」




