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第二百二十八話 月


 道場の隅に人だかりがしている。

 薫と鉄之助の勝負を見物しているのだ。


 隊士達が稽古している道場の隅っこで、唐突に2人が無制限一本勝負を始めた。


 「ったく・・」

 原田が息をつく。

 たまたま近くにいたので、薫に審判を頼まれてしまった。


 「あーあ・・」

 永倉も声を漏らす。

 女子供の剣術を、ややアホらしげに見ている。


 一応、中学の剣道部くらいの技術はあるが・・いかんせん、新選組の隊士のレベルが段違いなので、オコチャマの遊びにしか見えない。


 「一応、良い勝負なんじゃねーの」

 永倉があぐらをかいて首を曲げる。


 剣の腕前は鉄之助の方が勝っているが、薫は体術を学んでいるので、動きが機敏でかわすのが上手い。

 そのせいか、中々勝負が決まらない。


 ここから先は体力勝負になるのだが・・。


 すると・・


 「なにやってる?」

 人だかりの後ろから声がした。


 「・・土方さん」

 原田がアチャーという顔をした。


 永倉が慌てて立ち上がる。

 「えーっと・・」


 見物していた隊士たちが、慌てて土方の前に道を開けた。


 「なにやってんだ?おめぇら」

 土方が声をかけると、薫と鉄之助が動きを止める。


 「土方さん・・」

 「副長・・」

 ゼェゼェ息をしていた。


 「これはなんだ?どうも稽古にゃ見えねぇな」

 土方がちらりと横目で見ると、原田と永倉が困ったように顔を見合わせた。






 「ガキ同士で仕合ってんのか?オメェらまだ試合なんぞ出来る腕前じゃねぇだろ」

 土方が淡々と詰問してくる。


 野次馬はかき消すようにいなくなっていた。


 「あ~・・コイツらちょっと、おイタが過ぎただけだよ」

 「そうそう。チャンバラごっこってやつ」

 原田と永倉がとりなすが、土方は完全スルー。


 「鉄之助」

 土方の問いかけに、鉄之助が肩を震わせる。

 「はっ、はい」


 「局中法度の"私闘を禁ずる"ってのは知ってるな」

 「はい・・」

 「これは私闘か?」


 土方の詰問に鉄之助が答えられないでいると、原田が助け船を出した。

 「ガキがじゃれ合っただけだって。んな大そうなモンじゃねーよ」


 すると・・


 「あたしが勝負しようって言い出したんです」

 薫がズイッと前に出た。


 土方が鋭い目線を向ける。

 「・・オメェが?」


 「土方さんのせいです」

 薫は全く怯まない。


 「なにぃ?」

 「あたしと環を捕虜だなんて言うから。捕虜って呼ばれてアタマに来たんです。土方さんのせいです」


 女子特有の責任転嫁のムチャぶりに、土方がやや呆気に取られた目つきをする。

 「・・・」


 「あたしと環は居候だけど捕虜じゃありません。訂正してください」

 薫の要求を、土方が一蹴。

 「くだらねぇ」


 アホらしそうに顔を横に向ける。

 「ったく・・これだからガキは」


 すると・・


 「訂正してくれないなら、あたしもうプリン作りませんから。一生」

 薫が脅しに走った。


 この場合、捕虜とプリンに関連性は全く無いし、しかも「一生」とかって・・もはや小学生レベルである。


 だが、この次元の低い脅しは土方には効き目があった。


 「~~~・・・」

 なにやら煩悶している。


 女子供の言いなりになるのは自尊心が許さないが・・プリンが食べれないのはもっと困る。


 原田と永倉は面白そうに見守っていた。


 「鉄之助」

 土方が声をかけると、鉄之助がおそるおそる顔を上げる。

 「はい?」


 「こいつは捕虜じゃねぇ。"もと捕虜"だ」

 「・・分かりました、副長」


 鉄之助が頷くと、土方は一件落着という風に息をついた。


 薫は険しい顔つきでひきつっている。

 ("もと捕虜"ってなによ、ソレーッ?ぜんぜん改善されてないんですけどーっ!)






 奥座敷の一室で、茜があぐらをかいている。

 正座が苦手なのだ。


 「久しぶりだな」

 茜の目の前に端坐している男が静かに声をかけてきた。


 「そだねー。おひさー、桂さん」

 茜が明るい口調で応えると、男が言葉を続ける。

 「いまは桂ではない。木戸だ」


 「桂のがカッコイイよぉー。桂さんのまんまでいいでしょー?」

 茜の言葉に、木戸が息をつく。

 「好きにしろ」


 「ビックリしたな、もー。中村さんが会わせたい人がいるってゆーから、誰かと思えば」

 茜はニコニコ笑っている。


 木戸は・・世間話の気安い口調で続けた。

 「殺しの仕事はしてないそうだな」

 「うん、もぉ止めたよー。だって疲れちゃうもーん」

 茜が背中を伸ばして、手を頭の後ろに組む。


 風流な日本庭園が見える座敷の中で、恐ろしげな会話が広げられていた。


 ここは、京の二本松にある薩摩藩邸。

 明治維新の立役者達が集まる中心地である。


 「ところで、なんで京にいんのさ?桂さん。国元を留守にしてていいのー?」

 茜が呑気な口調で訊くと、愛想の無い答えが返ってくる。

 「用事が済めばすぐ戻る」


 「用事ねぇ・・どーせキナ臭い用事なんでしょ?」


 茜の言った通り、木戸が京に来たのは薩摩藩邸に潜伏中の品川弥二郎らと討幕の話し合いをするためだった。


 「高杉さん死んじゃって、桂さん大忙しだねー」

 「・・・」

 木戸の眉がほんの少し動いた気がした。


 「なーんか、桂さん見ると・・月の伝説思い出すなー」


 「なんだ、それは?」

 さして興味も無さそうに木戸が訊いた。


 茜が唄うような声で、緩やかに言葉をつむぐ。

 「"月に桂の樹あり。その樹を切る者あり。その名を桂男(かつらお)"・・月にある桂の木を切り続ける男の話だよ」


 開けた障子の窓には、女の爪のような細い月がポッカリと浮かんでいた。


 「その桂男に招かれるとさ・・寿命が縮むんだって。ねー、桂さんみたいでしょ?」

 茜がイタズラっぽい声で訊くと、木戸が無表情に目を瞑る。

 「茜」


 「なーに?」

 「土方を斬れ」





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