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第二百二十七話 市村兄弟


 土方が"鉄之助"と呼んだ少年・・市村鉄之助は、兄と一緒に加入したばかりの新入り隊士である。

 数えで14歳の最年少入隊者だ。


 あまりにも年若いため、しばらくの間は土方の附属として小姓の仕事をすることになっている。


 「あの鉄之助ってガキ、なんとなく土方さんに似てねぇか?」

 原田が樹にもたれながら言った。


 パチの犬小屋のそばに立つ樹の下は指定席である。


 「ああ・・言われてみりゃ」

 永倉も同意した。


 「確かに・・」

 薫と環もつぶやく。


 鉄之助の顔立ちは、なんとなく土方に似ている。


 そのせいか、土方は鉄之助のことをやけに可愛がっている。

 鉄之助の方も土方に心酔しているようで、チョコマカと後ろをくっついて廻っていた。


 兄の辰之助は大人しい気質だが、弟の鉄之助はやんちゃでわんぱくだ。

 そんなところも土方が気に入った理由かもしれない。


 「親子みてぇに見えるよな」

 永倉がしゃがんだままで笑った。


 環もうんうん頷いている。

 土方は世話好きで面倒見の良いところがある。


 (でも・・)


 「まだ子どもなのに」

 斬ったはったの世界に身を投じるには、いくらなんでも幼な過ぎる。


 環のつぶやきに、原田が答えた。

 「あいつら兄弟、けっこう苦労人らしいぜ」


 薫が原田を見上げる。

 「苦労人?」


 「ああ。なんでも、父親は藩から追放された浪人で、兄弟2人で親戚に預けられてたらしい。・・けど」

 原田は一瞬黙ったが、言葉を続けた。

 「親戚のとこも居づらくなったんじゃねぇのか」


 「・・・」

 薫と環は黙り込んでしまった。


 だから土方は入隊を許可したのかもしれない。


 痩せても枯れても武士の子なら、剣で身を立てることを選ぶだろう。

 誰の世話にもならず兄弟2人で生きて行くために、新選組の入隊試験に臨んだ少年達を、放り出すことが出来なかったのかもしれない。


 「鉄之助って、ちょっと昔の総司にも似てるな」

 原田の言葉に、永倉も頷いた。

 「オレもそう思った。あのクソ生意気なとことか、ガキのくせに冷めてこまっしゃくれたとことか。人懐っこいんだか人見知りなんだか、良く分かんねぇとことか」


 薫と環は顔を見合わせる。

 (見た目が土方さんに似てて、中身が沖田さんに似てるなんて・・考えただけで面倒くさい)

 





 空気が草の香りを含んで、初夏の趣を見せ始めた頃。


 沖田が、土方の部屋で壁に寄りかかっていた。

 片膝を立ててダラリと力を抜いている。


 「仮りにも副長の部屋に来て、ユルすぎねぇか」

 土方が文机に座ったままでつぶやいた。


 沖田は土方の背にチラリと目をくれると、身体を起こしてあぐらを組んだ。

 「近頃、新作の方はご無沙汰ですねー」


 「どうせオメェは茶化すだけだからな。新しいの出来ても読ますのは止めたんだ」

 「ちぇー」

 土方の言葉を聞いて、沖田がつまらなそうに首をすくめる。


 沖田は土方の俳句のファンなのだが、屈折してるので土方の方ではイヤがっている。


 「近藤さんがなにやら興奮してましたね」

 「・・なんのことだ?」

 土方は書き物をしながら、気の無い様子だ。


 「オレたち全員、幕臣でお取り立てだとかなんとかって」

 沖田が言うと、土方が書き物をしている手を止めた。

 「・・ああ、そのことか」


 「それスゴイんですかねぇ」

 沖田の声には揶揄するような響きがある。


 近藤は朝から興奮状態だが、土方は冷めている。

 今や幕府の権威は地に落ちていて、幕臣の取り立てなぞはさして喜ぶこととは言えない。


 だが・・直参となれば見廻組と同格の身分と言える。


 「さぁな・・ただの大安売りかもしんねぇが、認められたと言えなくもねぇ」

 そう言う土方自身も、さして喜んでるようには見えない。


 「エサをやんなきゃ尻尾を振らねぇとでも思われてるんじゃねんですかね」

 沖田はシニカルだ。


 「ふん」

 土方が身体を向き直した。

 「近藤さんにそんなこと言うなよ。これでやっと本物の武士になれるってんで、涙流してたんだからな」


 「・・・」

 沖田は生まれが武家の出なので、農家の出である近藤や土方の気持ちは分からない。


 「それに・・ネズミを炙り出すにゃあ良い機会だ」

 土方が声を低める。


 「ネズミ?」

 「ああ。伊東派でここに残留してる連中だよ」


 伊東の密命を受けて、御陵衛士に参加せずに新選組に残留した間諜が何名かいる。


 「奴等は絶対に幕臣にゃならねぇ、離隊を申し出てくる筈だ。そうすりゃ・・すぐ粛清できる」

 土方の酷薄な声が響いた。


 (この人は・・夜叉だな)

 沖田は土方を見てそう思ったが、その夜叉についていくことに迷いはない。






 「おい、捕虜」


 炊事場の入口の方からいきなり声をかけられた。

 薫が驚いて振り返ると・・鉄之助が立っている。


 「ここ置いとく」

 入口の近くの台の上に、重ねた小皿を置いた。


 さっき皆に出したプリンのお皿である。


 「あ、うん」

 (それより"捕虜"って・・)


 「薫だよ。あたしの名前」

 語気を強めると、入口から出かかっていた鉄之助が振り返る。

 「おなごのくせに・・馴れ馴れしゅう話しかけんな。捕虜」


 プイッと出て行った鉄之助を見ながら、薫はフルフルと肩を震わせた。

 (かっ・・可愛くないっ!!)


 炊事場から勢い良く飛び出すと、道場の方に歩いて行く鉄之助の背中に大声をかける。

 「待ちなさいよ、ガキッ!」


 暴言に反応するように鉄之助が足を止めた。


 クルリと振り返ると、薫を睨んでいる。

 「なんやて?」


 「あたしは捕虜じゃないし、女だからってアンタみたいなドチビにバカにされる筋合い無いから!」

 薫も負けずに睨み返す。


 「・・ドチビやて?」

 鉄之助の眉が吊り上がった。

 どうやら身長のことを気にしているらしい。


 薫より10cmほど低いので、言い返したくても言い返せない。


 「チビチビ、ドチビ」

 もはやイジメである。


 鉄之助は顔を真っ赤にして、肩を震わせている。


 「なによ、文句あんの?勝負なら受けて立つわよ」

 薫が挑戦的な言葉を出すと、鉄之助が反応した。

 「勝負?おなごが何言うとんのや、ドアホ」


 「アホはあんたよ。なんなら剣術で勝負する?」

 薫の言葉に、鉄之助がアングリと口を開けた。


 「おっ、おなごなんぞと剣を交えたら、いい笑いもんや」

 顔を真っ赤にする鉄之助に、薫がさらに言った。

 「もしかして、負けるのが怖いんじゃないの?」


 両手を広げてわざとらしく首を振る薫に、鉄之助が低い声を絞り出す。

 「その言葉・・後悔すんなや、女」





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