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第二百二十六話 新入り隊士


 噂の当人は、その日の夜も祇園の茶屋でグゥグゥ寝ていた。

 初音はもう慣れっこで、眠りやすいように膝枕の位置を微調整できるようになっている。


 「うーん・・」

 ムニャムニャ言いながら沖田が寝返りを打つ。


 (ほんま・・ナリの大きい子どもやわ)

 初音が沖田の顔を覗き込む。


 無心に惰眠を貪る姿は、たらふく食べて寝る子犬のような無防備さだ。


 「んふふ」

 初音がつい笑い声を漏らすと、沖田が薄目を開けた。

 「・・うん?・・なに・・?」


 「沖田はんのほっぺなぁ・・白ぅて餅みたいやから。引っ張ったら伸びるんちゃうかなぁ思て」

 そう言って、手加減無くギューッと引っ張る。


 「いてっ!・・っ・・なにすんだよ!」

 沖田が慌てて起き上がる。


 頬をさすりながら、眉を潜める。

 「姐さんって、なんでそんなエゲツねぇの?」


 「なにがですのん?」

 「口悪いし、態度デケーし、乱暴だし。なんかもう・・遊女としてありえなくねぇ?」


 沖田の抗議に初音は全く動じない様子で、含んだ流し目を送った。


 (あんま・・色っぽい目で見ねぇで欲しい)

 沖田は背中を丸めて目を下に反らす。


 「うちが遊女としてありえんなら、沖田はんはお客としてありえんわ」

 「なんで?」


 「床入り部屋に来て、なんもせんと寝てるだけやなんて・・ヨボヨボのお爺ちゃんやあるまいし」

 初音の言葉に、沖田が息をつく。

 「爺ちゃんじゃねぇ。けど・・ダメだ」


 「沖田はん、役勃たずなん?」

 「はぁぁっ!?」

 沖田が反射的に声を上げた。


 (※この場合の役勃たずとはEDのことです)


 「違うっ!(ちゃんと暴れん坊!!)」

 沖田の抗議に、初音が鼻白む。

 「・・だったら、なんでですのん?」


 「オレはぁ・・労咳なの、労咳。姐さん抱いたら感染(うつ)しちまうかもしんねぇだろ。・・だから」

 沖田があぐらを組んで顔を反らす。


 初音は・・驚いた顔だ。

 「労咳・・?」


 「ああ・・」

 「そないなことで?」


 「そないなことって・・」

 沖田のオウム返しは、初音の笑い声に消された。

 「沖田はん、やっぱアホやわ。そんなん気にしてはったん?」


 「は?」

 「病持ちのお客なんぞ、ぎょうさんいてはりますがな。だぁれもそないなこと言いもせんし、聞きもせん」

 笑いながら、初音が顔の横で手をヒラヒラ振る。


 「廓っちゅうのんはそうゆうとこどす」

 ニッコリ笑った。


 大輪の花のような完璧な笑顔に沖田は見惚れる。 

 (バリバリのトゲだらけのアザミみてぇにキレイだな)






 実は・・初音が思ってるほど沖田は人畜無害ではない。


 沖田が初音を呼ぶのはフラフラに眠い時なので、身体を横たえると自動的に寝入ってしまうだけだ。

 体調が万全な時に二人っきりになったら、つい手を出すかもしれない。


 実際・・この頃の沖田は、以前よりやや自戒の気持ちが緩くなっていた。

 思ったより病気の進行が進まないことと、感染った人間が今のところ周囲にいないせいかもしれない。


 『心配したほどじゃないな』という、ナメた心理が少しばかり働いている。


 床入り部屋に入ると魔が差しそうになるが・・唾液を交換したりしたら、感染リスクがズドンと高くなるのは明白なので、ギリギリで留まってるに過ぎない。


 この日の帰りしな、「ソノ気んなったら、いつでもおいでやっしゃ」と、ムードもヘッタクレも無い言葉を初音にかけられたが、沖田は曖昧に笑って店を後にした。


 (あー・・なんかもー)

 帰り道に、ひとり煩悶。


 『ヤッちまおっかなー』と『いやいやいや・・』の間で揺れる。


 そのうち、いつの間にか・・西本願寺の大門が見えていた。


 翌日。

 薫と環に稽古をつけている時も・・なんとなくモッサリしていた。


 「沖田さん」


 「・・・」


 「沖田さん!」


 「え?・・あ」


 「素振り終わりましたけど」

 薫が白けた声を出す。

 環も冷めた顔だ。


 「あー・・えー・・んじゃ、次は」

 沖田が立ち上がる。


 「なんか・・沖田さん、モッサリしてますね」

 「うん。いつもノッソリしてるけど、今日はモッサリ」

 2人は竹刀を下ろして、素っ気無い言葉をかける。


 「・・誰がモッサリだ」

 「沖田さんが」

 異口同音で即レス。


 「わたしたち、2人で稽古してます」

 「沖田さん、忙しいんでしょ」


 「え?ああ」

 確かに忙しい。

 メチャクチャ忙しい・・が。


 「オメェら・・なんか、怒ってる?」

 沖田が不審な表情を見せた。


 「別に」

 「何も」

 異口異音で即レス。


 「あっそー」

 沖田は頭をボリボリ掻いた。

 「んじゃ・・オレぁ行くわ。2人で打ち込みでもやってろ」


 そう言ってプラリと道場を後にする。

 背中に浴びせられている白い視線には全く気付いてない。






 ビュッ


 シュッ


 (なーんか・・)


 (・・オモシロクなーい)

 

 薫と環は無言で竹刀を振り続けている。

 気付かず眉間にシワが寄っていた。


 2人で黙々と素振りをしていると、入口の方から声をかけられた。

 「あの・・」


 入口に目を向けると、小柄な少年が立っている。

 顔立ちは端正だが、まだ幼く初々しい。


 初めて見る顔に、薫が首を傾げた。

 (ダレ?この子)


 「沖田組長はここにおりませんか?」

 そう言いながら、遠慮がちに中に入る。

 語尾にわずかだが関西系のイントネーションがあった。


 「沖田さんなら、ついさっき道場から出て行ったけど・・プラッと」

 薫がやや投げやりに答えると、少年が目を見開く。

 「え?・・おなご?」


 「ん?」

 薫が首を傾げる。


 「・・な、なんでや。なんでおなごがおんのや」

 少年がとまどった様子でつぶやいた。

 使用言語が豹変している。


 「は?」

 薫は眉を潜める。

 (ってゆーか・・ソッチこそ誰?ってカンジだけど)


 少年の顔つきが険しくなった。


 すると・・


 「鉄之助」

 入口から声が聞こえる。


 見ると・・土方が立っていた。


 「あっ、土方副長」

 少年の頬が紅潮する。


 小走りで土方のそばに駆け寄ると、薫と環を勢い良く指さす。

 「道場に女がおります。どっから入り込んだんか。すぐにほかさんと!」

 

 「ああ、こいつらはいーんだ」

 土方が不愛想に2人を見た。


 「ど、どうしてですか?」

 驚いた声を出す少年に、面倒くさそうに説明する。

 「こいつら屯所に住んでんだ」


 「えぇぇーっ!」

 リアクションがいちいちデカイ。


 「な、何者なんですか?」

 化け物でも見るような目で振り返る少年に、土方が付け加える。

 「まぁ、そーだな・・捕虜かなぁ?強いて言えば」


 「な・・っ!」

 「ほ・・っ?」


 (誰が捕虜だ!何の捕虜だーっ!)

 薫と環が、声にならない反論を叫んだ。





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