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第二百二十五話 ビミョーな心理


 茜が吹き終えると、環が身を乗り出す。

 「すごいキレイな曲。なんてゆうんですか?」


 拍手も忘れて環が訊くと、茜は笛を下ろした。

 「名前はないよ・・オレがテキトーに作ったやつだから」


 「茜さんが・・?」

 環は感動してしまった。


 正直、こんな得体の知れない人間が、こんなキレイな調べを奏でるだけで驚きだ。


 「才能あるんですねー」

 環が賛辞を述べると、茜が冷めた顔で肩をすくめる。

 「そお?」


 忍びは日の当たる場所に立つことはない。

 一生、闇の中で生きていく。


 環の賛辞は、茜にとってなんの意味もないものだった。


 (確かにキレイな曲だけど・・寂しい音色だったな)

 環は茜の横顔を盗み見た。


 時々、生きるのに疲れ切ったような表情をする茜。

 そんな時・・山南の印象がカブってしまう。


 (サンナンさんも・・疲れ切って逃げ出しちゃったのかな)

 山南が死んだ時を思い出すと、今でも心臓が痛くなる。


 環が茜に惹かれるのは、孤独の匂いのせいかもしれない。


 なんとなくほおっておけない。

 一人にしておけない。


 そんな風に思ってしまう。


 (心の傷は見えないもんね)


 黙り込んだ環を、茜は不思議そうに見た。


 「そういえば・・」

 突然、茜が声を出したので、環が顔を上げる。

 「え?」


 「伊東さん、すっかりお見限りなんだよねー。ここが新選組の屯所に近いせいかなぁー」

 茜が手を後ろについて足を崩した。

 「善立寺だって割と近いのになー」


 「はぁ」

 環は気の無い相槌を打つ。


 正直、伊東のことはさほどどうでも良かった。

 気にかかるのはシンのことだ。


 (シン・・どうしてるかな)






 シンは悩んでいる。


 どんなに頭の中の引き出しを引っ張っても、油小路の変がいつだったか思い出せない。


 (御陵衛士って、どんくらい活動したんだろ)

 善立寺の庭で、洗濯物を干しながら思案を重ねる。


 死亡フラグがグサグサに立ちまくった場所に何故来てしまったのか・・。

 新選組も死亡フラグバリ立ちだが、時間的猶予がまだあった。


 「う~ん・・」

 (油小路の変で、伊東さん以外の隊士はどうなったんだ?)


 フルフルと頭を振る。

 「分からねー・・」


 (斎藤さんと藤堂さんは・・無事なのかな)

 息をついて顔を上げると、当の2人が目の前に立っていた。


 「なにやってんだ、おめぇ・・さっきからブツブツ一人で」

 「キモチ悪ぃなー、春先になると増える手合いか」


 藤堂と斎藤が眉を潜めている。


 「あ・・おかえりなさい」

 シンは慌てて洗濯物をたらいに放り込んだ。


 「昼メシ出来てるか?」

 藤堂の問いに、シンが頭を掻く。

 「あ~・・おむすび握ってあります。あと煮っころがし作ってありますから」


 御陵衛士の家事全般(炊事・洗濯・掃除・etc)は、この頃すっかりシンの役目になっていた。

 正式の隊士でなく見習いとして雑用をこなしている。


 『正規の隊士になるのは絶対にヤダ』と、シンが頑強に拒んだためだ。


 ちなみに、赤城教授に育てられた間も女手が無かったので料理はよくしていた。


 「よぉーっし。んじゃ、ひと休みすっかなー」

 藤堂が頭の後ろで手を組む。


 2人の後に続いて法堂に向かって行く途中、シンが声をかけた。

 「あの・・」


 「あ?」

 藤堂が振り向く。


 その前を歩いていた斎藤も足を止めて、顔を後ろに向けた。


 「あの・・新選組に戻るとかって・・やっぱムリですよね?」

 シンの言葉を聞いて、前の2人の顔から表情が消える。


 「・・今なんつった?」

 「空耳かな・・ふざけた言葉が聞こえたけど」


 「えーと・・あの、冗談です。冗談」

 即、ホールドアップ。


 「笑えねぇ冗談言うもんじゃねぇぞ」

 「頭カチ割られてぇのか、テメェは」


 眉間にワイルドなシワを寄せている2人を見て、シンは黙り込む。


 (なにかっちゃー・・"斬る"だ"消す"だ"殺す"だって・・サムライって、ちょっと上品なヤクザじゃねーか)

 心の中でボヤくが、顔に出ないので誰も気づかない。


 (オレはただ、アンタ等に無事でいてもらいたいから・・)

 思わず立ち止まってしまった。


 (一体・・なに考えてんだ、オレは)

 ワシャワシャと頭を振った。






 「にしても・・総司のヤロー。意外だったなー」

 原田が樹に寄りかかって腕を組んでいる。

 「オレが狙ってたオンナを横取りするたぁ、良い度胸だぜ」


 「取られる方がマヌケなんだよ」

 永倉がしゃがんだままでケラケラと笑った。


 昼飯の後、またパチの小屋の前でたむろっている。


 「沖田さんがオンナの人を?」

 環が眉を潜める。


 薫は目を見開いた。


 「ああ。初音ってゆう爆弾遊女な」

 「そうそう。総司のお好みの年上のオネーサマ」


 薫は思い出していた。

 (初音さんって、多分・・湯屋で会った美人さんだ)


 環は考え込んでいる。

 (ってことは・・おミツさんはもう可能性ゼロになっちゃうってことー?)


 「ま、でも。そんな頻繁に通ってるワケじゃねーみてぇだな」

 「そりゃ、そーだろ。こんだけ忙しけりゃ、行きたくてもヒマもねーべ」

 原田と永倉がボヤく。


 伊東、斎藤、藤堂、篠原、服部と、重要な幹部がゴッソリ抜けたので、他の幹部に隊務のシワ寄せが来ている。

 (※鈴木も抜けたが、ほとんど影響ナシ)


 「それでもヒマみつけて、祇園に行ってるみてぇだけどなぁ」

 原田は『横取りされた』とか言いながら、沖田にオンナができたことを喜んでいる。


 他の隊士が色里に通っても噂にならないが、沖田がハマるのはビッグニュースだ。


 「良かったぜー。アイツこのまま後生大事に童貞抱えて散るつもりかと思ったぜ。それじゃ不憫過ぎるもんな」

 永倉がわざとらしく鼻をすする。


 『だから童貞じゃないってば』と、沖田から文句が出そうである。


 薫はなんとなく複雑だった。

 カタブツの兄貴に彼女が出来た時のブラコンの妹の心境と、病弱な息子が突如彼女を家に連れて来た時の過保護な母親の心境がないまぜになって・・そこに別のスパイスを振りかけたような、かなり微妙な心理である。


 (あれ・・なんでアタシ、こんなヘコんでんだろ?)

 イミも分からず首を傾げる。


 (沖田さんにオンナの人・・)

 環は俯いたままだ。


 2人が黙り込んだので、永倉と原田が不思議そうな視線を投げる。


 「なんだよ、おめぇら。ひょっとして落ち込んでんのか?」

 「総司にオンナが出来たのが寂しいのか?」


 薫と環が思わず顔を上げる。

 「別にっ、寂しいなんて・・」


 言いかけた言葉が途切れる。

 ・・図星だったからだ。


 (確かに・・ちょっとだけ寂しい・・ってゆーか・・ちょっとだけイラっとするかも)

 なんとなく同じことを思っていた。





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