表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
102/127

第二百二十四話 戦利品


 夜半、冷えた空気の中、沖田が玄関に座り込んでいる。


 「ゴホッ、ゴホッ」


 夜に咳が出ると、部屋を抜け出して、玄関口で治まるまで過ごすのが常だった。

 自分の部屋で咳き込むと、両隣り(薫と環、土方)に丸聞こえだからだ。


 「ゴホッ、ゴホッゴホッ・・」


 一度、咳が込み上げると、治まるまでしばらくかかる。

 荒く息をしていると、後ろから声をかけられた。


 「夜気は身体に毒だよ」

 山崎だ。


 監察の責任者である山崎は、隊務の時間帯が他と違う。

 今も、張り込みに出るために玄関に来たところだった。


 「山崎さん・・」

 沖田がやや疲れた顔で振り返る。


 ユラリと立ち上がると、山崎の隣りを無言で擦り抜ける。


 するとまた・・後ろから声をかけられた。


 「沖田くん。命の使い方を間違えなければ・・例え短くても、生まれた甲斐がある」

 山崎の言葉を聞いて、沖田が足を止める。


 振り返ると、山崎の顔が玄関の行燈に照らされて見えた。


 「・・なんて?」

 沖田の声がポツンと暗闇に響く。


 「オレもアンタも、明日が知れない身だ。そう考えれば・・ここの連中は同じだな。いつ死ぬか分からねぇ」

 山崎の声は、低いのによく通って聞こえた。


 「ひょっとして・・慰めてんの?」

 沖田がやや白けた口調で訊くと、山崎が軽く肩をすくめてから玄関に降りる。

 「まさか・・そんなもん、クソの役にも立たねぇ」

 そう言って、玄関から出て行った。


 「あの人・・分かずれぇんだよなー」

 沖田は冷えた夜気に肩を震わせると、部屋に戻っていく。


 もう咳は止まっていた。






 『茜屋』の板の間で、環が棚に並んでいる小瓶を順番に見ていた。

 ここ最近は洗い物だけでなく、様々なことを茜に教えてもらっている。


 基礎化粧品の作り方から、各地のお国言葉や風習。

 色々な伝説や昔話、江戸と京のマナーの違いなど・・多岐に渡る。


 もはや『茜ちゃん』ではなく『茜先生』である。


 茜は話題が豊富だ。

 しかし・・自分のことだけは何一つ語らない。


 フゥーッと息をついて、何気に棚の一番上に目を遣ると、篠笛と尺八が目に留まった。

 思わず手を伸ばすと、袖が引っ掛かって棚に並んだ小瓶が横倒しになる。


 ガチャッ、ガチャン。


 慌てて棚の瓶を手で押さえようとするが、努力も空しく瓶が落下する。


 思わず目を閉じたが・・音がしない。


 おそるおそる目を開けると・・いつの間にか茜が横に立って瓶を腕で受け止めていた。


 驚いて目を開くと、茜がニッコリ笑う。

 「ケガない?」


 茜は両掌と両肘の関節で瓶を押さえていた。

 何事も無かったように4つの瓶を足元に下ろす。


 (この人・・)

 驚きを隠せない。


 ついさっきまで茜は土間でハタキをかけていた。

 環が棚に袖を引っ掛けて、瓶が横倒しになった瞬間に、すっ飛んで来て瓶を受け止めたとゆうのだろうか。


 だとしたら・・どう考えても常人離れした身体能力としか思えない。


 「大丈夫です」

 足元に屈んで瓶の中身を確認している茜を見下ろした。

 「ご、ごめんなさい。わたし・・」


 「いーんだよー。中身はぜんぶ、無事だったもーん」

 茜がにこやかにふり仰ぐ。


 すると・・首にキラリと光るものがあった。


 (あれ?)

 環が首を傾げて目を凝らす。


 立ち上がった茜の襟元に視線を固定させたままの環を、茜が不思議そうに覗き込む。

 「どうかした?環ちゃん」


 「それ・・十字架?」

 環が指差した先には、小さなクロスが下がっていた。


 茜の首にかけられた組紐の輪っかの先に、銀の十字架が光っている。


 「ああ・・これぇ?」

 茜が自分の襟元を覗き込む。


 「茜さんって・・クリスチャン?」

 環の問いに、茜が視線を横に反らせる。

 「オレは切支丹じゃない。これは・・」


 冷めた表情を環に向けると、イタズラっぽい声でつぶやいた。

 「戦利品だよ」






 『戦利品』

 洗い物屋の主人に似つかわしくない言葉を聞いて、環が不可思議な表情を向ける。

 「戦利品って・・なんの?」


 「ナーイショ」

 茜が愛嬌タップリにシャットアウトしたので、環は追及するのを諦めるしかなかった。


 息をつくと棚の一番上に目を遣る。


 環の視線を追うように、茜も棚の上に目をやった。


 「なに?」

 茜が問いかけると、環が慎重に手を伸ばす。


 それを追い越すように、茜が目的のモノを先に掴んだ。

 「これ?」


 茜の手に篠笛と尺八が握られている。


 環がコクンと頷くと、茜が首を傾げた。

 「なんだ。環ちゃん、笛が好きなのね」


 「・・吹けるんですか?」

 環の問いに、茜がトボけたように首を傾げる。

 「う~ん、まぁね」


 茜も一二三も拾門も・・忍びを生業とする者は芸達者だ。

 身を隠す時には流しの大道芸やら芝居小屋などに身を潜めるので、唄や楽器は大抵こなせる。


 「なにか吹いてもらっていいですか?」

 環が期待を込めた目でみつめると、茜がため息をつく。

 「・・いーけど」


 「けど?」

 環が訊き返すと、茜が困ったような顔で言った。

 「環ちゃん、そんな風にオトコを見つめるの止めた方いいと思うよ」


 「え?」

 「誘ってるって思われるから」


 「!」

 環の顔が一瞬で沸騰した。

 「ささささ・・誘ってなんかっ」


 「わかってるよぉ。ただ、オトコってバカだからさー。カンチガイされると後が大変でしょ?」

 茜は手をヒラヒラと振った。


 おもむろに座り込んで、あぐらをかく。

 「なんでもいい?」


 篠笛を手に、環を見上げた。


 環はコクコク頷くと、わざとらしく距離を取って茜の前に座り込む。


 茜が歌口に唇をあて・・目を瞑る。

 澄んだ音色が流れ出した。





評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ