第二百二十二話 城安寺
1
「え・・今なんて?」
薫が思わず聞き返した。
「だから・・オレは伊東さんと一緒に新選組から分離することになったから」
シンの言葉に、2人はポカンとしたままだ。
「ホンキで?」
環が訊くと、シンはかすかに頷いた。
「色々、事情があって・・」
その"事情"を、薫と環に言うことはできない。
「この件は誰にも言うな」
土方からきつく言い渡されている。
「一言でも漏らせば、漏らした相手とともに斬る」
土方の台詞は本気だった。
(・・恐喝でしょー、これ)
シンはワシャワシャと頭を掻きむしった。
大きく息をつくと、それらしい理由を考える。
「伊東さんは・・おそらく倒幕派と繋がりを持ってる。オレたちがこのまま新選組にいれば、必ず戊辰の戦に巻き込まれる。だから・・」
「だから?」
環が眉を潜める。
「だから・・敵方のこと知っといた方がいいかと思ってさ」
シンの言葉を、薫と環は疑わしいような顔で聞いている。
(・・理由としちゃ、弱いか)
シンが空々しい顔で天井を見上げた。
「うん・・分かった」
環が立ち上がる。
「そうだね。知っておくといいかもね」
薫は驚いた顔で環を見上げた。
「じゃあ、シン。準備で忙しいんでしょ?」
急かすような環の言葉に背中を押されるようにして、シンが立ち上がる。
「う、うん。じゃあ、もう行く」
炊事場から出て行くシンの背中を見送りながら、薫がつぶやく。
「なーんか、あやしいね」
環も戸口に目をやったままで頷いた。
「うん。絶対、なんか隠してる」
2
それから3日して、伊東一派を中心に御陵衛士の面々は三条城安寺に移って行った。
「ったく・・信じらんねぇな」
原田がポツリとつぶやく。
「ああ」
永倉が冷めた表情で相槌を打った。
「平助だけならともかく、斎藤のやつまで」
「・・・」
昼飯を食べ終えて、庭の樹の下でくつろいでいる。
「シンまで行っちゃった・・」
薫がポツリと漏らすと、原田が樹に寄りかかったまま顔を向ける。
「シンって、あの下っ端か?」
どこに行っても下っ端呼ばわりである。
環がため息をつきながら立ち上がる。
「どうゆうつもりなんだろ・・」
「さぁな」
木の枝に掴まるようにして、原田が茂った葉に目をやる。
「なんか考えがあんだろー。ガキじゃねーんだし」
永倉が、足元で昼寝をしている沖田を見下ろした。
「こいつは平和でいいなー」
藤堂や斎藤の分離を聞いても、沖田は普段と同じ昼行燈のままだ。
隣りには、いつも通りパチが丸くなっている。
すると・・沖田の瞼が薄く開いた。
「ファ~~」
思いきり伸びをすると、ムクリと身体を起こす。
「あ~、よく寝た」
ボリボリと頭を掻く。
「総司」
永倉が呆れた声を出す。
「オメェはこんな時に、よくグースカ寝てられんなぁ」
「あ?」
寝惚け顔で沖田が見上げると、永倉が隣りに大股でしゃがんだ。
「だからぁ、平助と斎藤が行っちまったんだぞ?」
「別にぃ」
「別にって」
「だって・・そんなん本人の勝手でしょ」
沖田は心底当たり前のような顔だ。
「総司」
永倉の言葉を沖田が遮る。
「どこに行こうと、何しようと自由だよ。そんなのは」
「沖田さん・・」
薫と環のつぶやきは、風にそよぐ葉の音にかき消された。
3
城安寺の狭い本堂で、御陵衛士の面々が向かい合わせに正座をして並んでいる。
一番下座にシンも座っていた。
(足・・痛ぇー)
正座は苦手だ。
目立たないように背中を丸めているが、飛びぬけて背が高いのでヒョロリと目に入る。
隣りには斎藤、向かいには藤堂が座っていた。
「今日はここに宿泊するが、明日には善立寺に移動する」
伊東の言葉を皆黙ったままで聞いている。
「こんな落ち着かない状態で、それでも一緒に来てくれた皆には心から感謝している」
伊東の顔にはやや疲労感が見えていたが・・晴れやかだった。
「・・・」
シンは黙って、周囲を見渡す。
向かいの藤堂は目を瞑ったまま・・隣りの斎藤は・・無表情だ。
(そういえば・・)
初めて、新選組の屯所に来た時のことを思い出す。
いきなり斎藤と藤堂と同室にされ、ずっと軟禁状態だった。
(なんか・・オレ、この2人と縁あるのかなぁ)
無意識にため息が漏れる。
『悪縁断ち難し』・・そんな言葉が頭をよぎった。
すると・・
「シンくん」
伊東が上座から声をかけてきた。
「は?」
驚いて顔を上げると、伊東が手招きしている。
仕方なく立ち上がって近付くと、伊東が立って耳打ちしてくる。
「今日は寺で夕餉を出してもらうことになってるから、向こうでお坊さん達の手伝いをしてくれ。あと、布団も借りることになってるから、人数分をここに運ぶように。それが終わったら、たらいに湯を張って持って来てくれ。寝る前に皆に足を洗ってもらうからね。手拭は寺から借りれる筈だ」
伊東が一気にまくしたてるのを、シンはやや呆気に取られて聞いていた。
「じゃ、頼んだよ」
軽く言って、伊東は服部と篠原と一緒に奥の方丈に歩いて行く。
その後ろ姿を見送りながら、思い出していた。
(なんか・・似てる。誰かに)
新選組の屯所に来たばかりの頃・・山南に散々こき使われた記憶がリアルに蘇る。




