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第百三十二話 忍び


 槍と鎖の力が拮抗したまま、睨みあいが続いた。


 「チッ」

 突如、拾門が舌打ちをして、いきなり鎖を持つ手の力を緩めた。


 原田の槍が鎖を巻きつけたまま弾かれるように戻る。


 後ろから声が聞こえる。

 「左之!」


 永倉の率いる二番隊が駆けつけたのだ。


 拾門は離れた姿を先に捉えていたらしい。

 すでに踵を返して、後方を固めた隊士に当て身を食らわせていた。


 環を拉致るのは諦めたらしい。

 横目で見ながら、環の前を通り過ぎる。

 「また逢おうぜ。別嬪さん」


 言いながら走り去ると、一力の門前でこれまた山崎と力較べをしている一二三に声をかける。

 「遊びは終わりだ、行くぞ」


 「えー?」

 一二三は不満そうな声を出す。

 勢いよく独鈷で棍棒を弾いた。


 弾かれた山崎が、受け身を取ってすぐ構え直す。


 「ノってたんだけどなー」

 一二三の声には、軽い笑いが含まれていた。

 クルリと踵を返すと、拾門の後に続く。


 山崎がすぐに跡を追うが、2人は溶けるように暗闇に姿を消した。


 追ってきた原田と永倉も、キョロキョロと辺りを見渡している。


 「なんなんだ・・あの連中」

 永倉がつぶやく。


 2人の逃げ足の速さに驚いているらしい。


 すると、小路の闇から山崎が姿を現した。


 「すいません。見失っちまいました」

 "あーあ"というカンジで、腰に手をあてて息をつく。


 「あいつら・・いったい」

 原田が槍を肩の載せてつぶやく。


 「多分・・忍びモンです」

 山崎が言った。




  「忍び?」

 原田が訊き返す。


 「おそらく」


 「なんで分かんだ?」

 永倉も訊いた。


 「あのワッパが持ってた得物・・アレぁ独鈷です」

 山崎が答える。

 「密教の法具ですが・・忍びの連中は良く武器として使います」


 「・・聞いたことあるな」

 原田が顔を傾ける。

 「しっかし・・お庭番衆ならともかく・・」


 「戦国時代に一世風靡した忍びの一族も、泰平の世になってからは仕事が無くなって職を変えてるって聞きますが」

 山崎は笑いを含んだ声で続ける。

 「近頃またキナ臭い世の中になって、仕事が舞い込んでるらしい」


 「ふーん・・」

 原田は眉をひそめる。


 「ヤツらは汚れ仕事専門の傭兵です。金さえ貰えば仕事はこなす。まぁ、旗色が良い方につくもんだが」

 山崎は珍しく多弁になっている。

 「いったい、どこに雇われたんだか・・」


 「・・・」


 そこに・・環の声が聞こえた。

 「あの・・」


 3人が振り返ると、いつの間にか後ろに立っている。


 「さっきの人・・"谷さんに怒られるよ"とか言ってました」


 「・・谷?」

 山崎と原田と永倉が、異口同音で訊き返した。


 「・・・」


 「まさか・・万太郎さんじゃねぇだろな」

 永倉がつぶやくと、原田が即座に否定した。

 「ありえねぇ」


 山崎が息をつく。

 「環ちゃん・・他に気付いたコトあるかい?」


 「一力にいた男の人達・・高知・・じゃなくて土佐弁だったと思います」


 環の言葉を聞いて、3人が顔を見合わせる。




 「土佐?」

 永倉がつぶやく。


 「・・とりあえず屯所に戻りましょう」

 山崎が親指を立てた。


 環が慌てたように、顔を上げる。

 「あ・・あの」


 3人が振り返ると、環が今度は頭を下げた。

 「ありがとうございます」


 一瞬驚いた顔をしたが、すぐに永倉が言った。

 「いーってことよ。もともとオレらのせいで危険な目にあってんだ」


 原田がニヤニヤ笑いながら近づく。

 「どうせ礼してもらうんなら・・コトバじゃなくて、こうして欲しーぜ」


 そう言って、環をギューッと抱きしめる。


 「ギャァァァーッ!」

 「こら!左之」

 「左之さんっ」


 環の悲鳴と、永倉と山崎の怒声が重なる。


 環が反射的に原田の股間を膝でケリ上げた。


 すると、マトモに金的にヒットしたらしく、原田がうめき声を上げながら股間を押さえる。

 茹でたエビのように、背中が縮こまってる。


 「くっ・・うー!助けた挙句、コレかよ・・」

 股間を押さえながら小さくジャンプする。


 「あ・・ご、ごめんなさい」

 環が思わず手を伸ばすと、原田がピョンピョンしながらうめき声を上げる。

 「寄るな・・寄るんじゃねぇー」


 永倉が環の手を引いた。

 「いいから、ホラ。コイツはほっといて、行こうぜ」


 「あ、新八!てめぇ、ナニ抜け駆けしてやがる」

 ピョンピョンしながら、原田も後に続いた。



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