第百二十三話 桜咲く
1
薫と環が北集会所の方に戻ると、朝の見廻りを終えた永倉と原田がしゃがんで笑い声を上げている。
(なんか・・"コンビニの前あたり"ってカンジだな)
薫がなんとなく見ていると、永倉と原田が気付いて手を振って来た。
「おーう」
「おつかれさまです」
薫と環がテキトーに挨拶をすると、永倉と原田がいつも通りに返す。
「つかれてねーよ~♪」
「どこ行くんだ?」
永倉が、薫と環が持っている竹刀に目を遣る。
「道場。沖田さんが稽古つけてくれるって」
薫が竹刀をちょっと上げてみせる。
「へぇー・・んじゃオレっちもノゾキに行こうかなー」
原田がオモシロがる声を出す。
「またですか?」
環が少しイヤそうなカオをした。
薫と環が稽古をすると、ほかの隊士が見物に来ることが多い。
「いーじゃねぇか、ケチケチすんな」
原田がトボけた口調で言い返す。
環がため息をつくと、薫が袖を引っ張った。
「行こう、環。遅れると沖田さんに半殺しにされるから」
薫と環は急ぎ足で道場の方に向かった。
その後ろ姿を見ながら、永倉がつぶやく。
「キレイになったな・・」
それに応えて、原田がつぶやいた。
「ああ・・」
2
西本願寺の屯所に移ってから1年。
薫と環は、にわかに女性的な特徴が目立ってきた。
本人たちはいたって変わらないが、女性ホルモンは勝手に増えてるらしい。
髪はサラサラ、肌はピカピカ、胸は膨らみ、腰は丸みを帯びて、胴はクビれている。
江戸時代女子の着物体型とは真逆の、平成女子の恵まれた体型である。
元からの整った容姿にもさらに磨きがかかっている。
アーモンドの形をした黒目がちの瞳を濃い睫毛が縁取って、深い影を落とす。
唇はサクランボのようにツヤやかで、頬はとれたての桃のようにみずみずしい。
男物の稽古着を着ていても、もはや一目で女子と分かる。
それが男所帯の屯所をウロつくものだから、どーにも目立って仕方がない。
2人が連れだって歩いてると、隊士が見惚れて眺めていることがある。
土方(副長)は隊士が落ち着かないのを困った目で見てるが、伊東(参謀)は素直なので喜んでいる。
2人と話す時のテンションが、尋常でなく高い。
以前と全く態度が変わらないのは、土方、沖田、斎藤の3人だ。
土方 → もともと上玉だと分かってたので、化けても驚かない。
沖田 → ほとんど毎日近くで接してるので、変化に気付かない。
斎藤 → なかばムリヤリ精神的近視になってる。(美人と思うとカラダが動かない)
薫と環が屯所の中に建てられた道場(久武館)に入ると・・奥で沖田と藤堂と斎藤があぐらをかいて話をしている。
「沖田さん」
薫の声に、3人が顔を向ける。
「いよぉ、やっと来たかよ~」
藤堂がごきげん良く、ヒラヒラ~と手を振る。
女の子がダイスキなので、2人の変化はウェルカムなのだ。
沖田が立ち上がった。
「おっせーよ」
このオトコだけは・・全く変わらない。
3
沖田は片手で竹刀をぶらさげて立ってるだけだが、薫と環が打ち込むとアッサリかわして弾き飛ばされる。
2人で交互に打ちかかるが、何度も転んであちこち打ち身だらけだ。
「総司、もっと上手く転ばせろ」
藤堂がニヤニヤ笑いながら声をかける。
薫と環が転ぶたびに、襟元がズレて開いたり裾がめくれ上がるのを見物してるのだ。
(サイッテー!!!)
環が心で絶叫している。
「・・アクシュミじゃねーの?」
斎藤が頬杖をつきながらつぶやく。
すると、頭の上から永倉の声がした。
「おーおー、やってんじゃん」
いつの間にか、藤堂と斎藤の横に永倉と原田が立っていた。
「総司。次、オレにヤラせろよ」
原田がニヤニヤ笑って言う。
言葉だけ聞くと、トンデモナイ意味に聞こえる。
「左之さん」
沖田が竹刀を肩に置く。
薫と環が、ゼェゼェしながら顔を向ける。
「槍はムリですよ、こいつら」
沖田が言うと、左之が藤堂の竹刀を手に取る。
「槍なんざ使わねぇよ」
原田と沖田がバトンタッチした。
「総司のヤローは手加減し過ぎなんだよ。もっと派手に転ばせねーと楽しくねぇだろ」
原田がニヤニヤ笑いながら、竹刀を肩に置く。
(ほんっとにサイッテー!!!)
2人は心で絶叫した。